小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第九章 子供の精靈の――潜戶(くけど) (五)
五
神の海についての戰慄すべき空想に對しては、鱶といふ言葉は滿足な說明を與へたのであつた。しかし何故に小石で長い間、船首を叩いて、高く凄い音をさせたのだらう? その石は正しくたゞそのために、船中に藏めてあるらしい。その所作には誇張的な熱心ぶりがあつた。そのために私は或る薄氣味のわるさ――夜間淋しい道を步いて、奇怪な影が滿ちてゐるとき、あらん限りの聲を立て、歌ひたくなるやうな氣分――を感じた。初め船頭の女は、叩くのは、たゞ奇異な反響を起すためだと明言した。が、私がもつと用心深く質問して見ると、その所作には更に不吉な理由のあることを發見した。またこの海岸のすべての男女水夫は、危險な場所、卽ち魔が棲むと信ぜらる〻處を通るとき、これと同じことを行ふのだと聞いた。魔とは何だ?
妖怪なのだ!
[やぶちゃん注:この船端(舷側)を叩くという民俗は、広く海女などが海に入る際、磯がねで舷側を叩いて魔を遠ざける呪(まじな)いとして現在も行われている。また、古来、海人族(あまぞく)の間では、怪しい舟と遭遇した際には、自分の舟の船端を櫂(かい)で叩いて音を出してみて、それに相手の舟が応じる様子がないものは、魔の操る「幽霊船」として無視して通り過ぎるというのを、以前に何かで読んだ記憶がある。そもそもが、漁夫が怖れた「舟幽霊」や「海坊主」自体が、まず、船端を叩いて音を立て、船乗りの注意を引く、ともされているから、寧ろ、この婆(ばあ)さまが石を打ち叩き続けるのは、一種の魔物を擬似的に騙す行為――既にこの船は別な妖怪が襲っている――その領分なのであることを示して、真実の妖怪が手を出さないようにするための詐称的な行為であるともとれるように私には思われる。孰れにせよ、この婆さまの石を打ち鳴らす音、ほんに、聴こえて、もの凄きかな!]
Sec. 5
For the ghastly fancies about the Kami-no-umi, the word 'same' afforded a satisfactory explanation. But why that long, loud, weird rapping on the bow with a stone evidently kept on board for no other purpose? There was an exaggerated earnestness about the action which gave me an uncanny sensation—something like that which moves a man while walking at night upon a lonesome road, full of queer shadows, to sing at the top of his voice. The boatwoman at first declares that the rapping was made only for the sake of the singular echo. But after some cautious further questioning, I discover a much more sinister reason for the performance. Moreover, I learn that all the seamen and seawomen of this coast do the same thing when passing through perilous places, or places believed to be haunted by the Ma. What are the Ma?
Goblins!
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