虹とひとと 立原道造
虹とひとと
雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき
叢は露の雫にまだ濡れて 蜘蛛の念珠(おじゆず)も光つてゐた
東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた
僕らはだまつて立つてゐた 默つて!
ああ何もかもあのままだ おまへはそのとき
僕を見上げてゐた 僕には何もすることがなかつたから
(僕はおまへを愛してゐたのに)
(おまへは僕を愛してゐたのに)
また風が吹いてゐる また雲がながれてゐる
明るい靑い暑い空に 何のかはりもなかつたやうに
小鳥のうたがひびいてゐる 花のいろがにほつてゐる
おまへの睫毛にも ちひさな虹が憩んでゐることだらう
(しかしおまへはもう僕を愛してゐない
僕はもうおまへを愛してゐない)
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前刊行の処女詩集「萱草に寄す」の知られた一篇で、「SONATINE No.2」の第一篇である。実は厳密には底本では「No.2」のポイントが有意に落ちて、
SONATINE No.2
となっている(「SONATINE No.1」も同様でしかも「目次」では孰れもがこのポイント違いのままに
SONATINE No.2
というように斜体化されている)。詩集ではこの一篇に続いて「夏の弔ひ」、そして「忘れてしまつて」が続いて読まれるようになっている。しかし私は敢えて終曲である第三パートである「忘れてしまつて」の冒頭の『深い秋が訪れた!(春を含んで)』という逆説を逆手にとって彼の抒情を逆回転させてみた。するとそこには形成された操作感情によって生み出された抒情の周辺が殺ぎ落とされ、裸のふるえるいとおしいまでの道造の道端に佇立する夏の虹のかかった寒々とした冬景色がより鮮明に見えてくるように私には思われるからである。
なお、中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻脚注によれば、本全三篇から成る「SONATINE No.2」は昭和一二(一九二七)年一月号の『四季』に纏めて初出している。]

