小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十章 美保の關にて (四)
四
島屋といふ宿屋の可愛らしい給仕女に向って、私は素知らぬ顏をして、しかし心では濟まないと思ひ乍ら、こんな怪しからぬ問を發した。
『あのね、卵はありますか』
觀音さまのやうな微笑を含んで、女は答へた。
『家鴨の卵が少しござります』
私は驚嘆の至りであった。それでは卵がござりまするのだ――家鴨のが。
しかし此處には家鴨は居ない。海水ばかりの町に住んでは、家鴨は生甲斐があるまい。また家鴨の卵は悉く境港から持つて來るのである。
[やぶちゃん注:「島屋」ESPER氏のブログ「流浪オヤジの探検日記」の「美保関」によって、残念ながら現存しないものの、跡地が「小泉八雲記念公園」となっていることが判った。豊富な現在の美保関の写真によってハーンの歩いた街並みの面影が伝わってくる。必見!
「境港」現在の鳥取県西部の境港(さかいみなと)市。美保が関(ここから境港は西南西に当たる)から現行の境港の港までは海路で六キロメートル強ある。三方を海に囲まれており、古えより日本海海側の重要港湾として栄えてきた街である。参照したウィキの「境港市」によれば、前の段でハーンが描出したように、『白砂青松の続く弓ヶ浜半島は東南にそびえる大山を背景に風光明媚な景観を呈して』おり、『大砂州である弓ヶ浜半島の北端に位置し、三方を中海と日本海これらを繋ぐ境水道とに囲まれている。境水道を隔てて、または、江島(えしま)大橋を渡り、島根県松江市(旧美保関町)と接する。砂州上にある土地で、平均海抜』は二メートルと頗る平坦である、とある。]
Sec. 4
Unto the pretty waiting maiden of the inn Shimaya I put this scandalous question, with an innocent face but a remorseful heart:
'Ano ne! tamago wa arimasenka?'
With the smile of a Kwannon she makes reply:-'He! Ahiru-no tamago-ga sukoshi gozarimasu.'
Delicious surprise!
There augustly exist eggs—of ducks!
But there exist no ducks. For ducks could not find life worth living in a city where there is only deep-sea water. And all the ducks' eggs come from Sakai.
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