物語 FRAÜLEIN M. ASAI GEWIDMET 立原道造
[やぶちゃん注:底本は鎌倉文庫昭和二一(一九四六)年刊「鮎の歌」の国立国会図書館近代デジタルライブラリーの画像を視認した。先に電子化した「物語」同題異篇で、その後に配されてある。底本では本篇のコーダのように直ぐに「あとがき」が続くが、これは底本「鮎の歌」全体への「あとがき」としか読めないので、ここではまだ電子化しない。「Ⅳ」の最初から七つ目の「そのときだ、おまへは僕にとつていたいたしいまでひとつの答へであらうとする。」の一文中の「いたいたしい」は底本では「いたいたし まで」と脱字しているが、推定して補った。
標題直後のドイツ語の添書「FRAÜLEIN M.
ASAI GEWIDMET」は「フロイライン・エム・アサイ・ゲヴィッドメット」と読み、「M・アサイ嬢に捧げたる」の意。「M・アサイ」は道造の最後の恋人とされる水戸部アサイである。ネット上の記載は多いが(ネットの立原道造の画像検索で出る女性は概ね彼女である)、tora0102 氏のブログ「ミトベ写真館・オーナーカメラマン猪瀬一也」の「水戸部アサイさんと立原道造」がよいだろう。この方の祖父の妹が彼女であるから。そこにはアサイは、道造と最後の一年間をともに過ごしたとあり、『アサイさんはタイピストで道造さんと同じ建築事務所で運命的な出会いをされたそうです。アサイさんは長崎県の大村でクリスチャンとしての人生を送られ、90年代半ばに亡くなられたそうです』とある。
添書(底本では表題紙の裏)の「新古今和歌集」の歌は、「卷第十四 戀歌四」に所収する、村上源氏の全盛期を築いた公卿の土御門内大臣源通親(久安五(一一四九)年~建仁二(一二〇二)年:平氏全盛時代には最初の妻を捨てて平清盛の姪を妻に迎え、清盛の庇護のもと、政界に進出して平氏に追従したが、政権が鎌倉に移るや、頼朝の腹心であった大江広元との関係強化を図り、九条兼実を失脚させて宮中に於ける権力を握った。しかし五十四で急死、彼の死によって後鳥羽上皇による院政が本格化することになる。彼は和歌にも優れ、和歌所寄人にも任じられて、「新古今和歌集」のプロトタイプの勅撰和歌集編纂企画を主導したがその完成を直前にして死んでいる)の一首で(一二九九番歌)、
建仁元年三月歌合に遇不遇戀の心を
あひ見しは昔語りのうつゝつにてそのかねことを夢になせとや
詞書の「遇不遇戀」は「遇(あ)ひて遇はぬ戀」と読む。「かねこと」は「予言」「予事」で、ここでは「かたく契り合った言葉」の意である。翻心したつれない男への強い恨みを含んだ女の側の心持ちを仮想した和歌である。
「Ⅲ」の最後の韻文にある「誣ひる」は「しひる(しいる)」と読み、事実を曲げていう・作りごとを言うの意。上代語の、自己の主張を他者に強いる或いは他者を陥れる目的で事実を枉げて敢えて言う・こじつけるの意の、ハ行下二段活用動詞「しふ」が元であって「強いる」も同じ語源である。]
物語
FRAÜLEIN
M. ASAI GEWIDMET
あひみしはむかしがたりのうつつにてそのかねごとをゆめに
なせとや――新古今和歌集の主題による七つの變奏曲
Ⅰ
季節はいくたびもくりかへす。そして、人の心は、おなじ道をいくたびもさまよふ。僕らのまはりにまた明るい風が吹き靑く空が光るときに。僕らの昨日は信じてもいい、小鳥の歌ばかりが耳に聞かれる音であつたし、そして綠と靑の爽やかさが身のまはりをみたしてゐたあの美しい慰めであつたことを。おなじ道をいくたびもくりかへして、と僕らは言ふ。季節は、ちがはない風や雲を用意した、そしてすべての草木は花をつけた、僕らの休息が用意されてゐる、あの短い草の叢に身を横たへて語りあふときに、いくたびもくりかへして、と僕らは言ふ。あれはどこだつたらう。そしていつだつたらう、と、だれも問はない。何かしらたいへんにとほい。そして僕らの知つてゐるよりまだまだとほい。そのやうなところから、くりかへされる。僕らの灰色。そして僕らの綠と靑と、たつた一度だけのことがいくたびもくりかへされる。僕らはたいへんによく知つてゐる。しかしすべては何かしらあたらしい、そしてめづらしい力にみちてゐる。以前よりもはげしい。むしろ苦しみにで近く強い。たとへば一輪の野の花が。昨日とおなじやうに白く小さく咲いてゐる花が。
僕らはだれだつたか、たがひに、今日、あかしせねばならない。今日を言ふためには、あの昨日を、そして美しかつた一昨日を言はねぱならない。この見知らない、強い、あたらしい力ゆゑに。それは、僕らの額をかうばしく濡らした雨でなく、またはかなかつた夕雲の赤でなく。そして、僕らの身にまとふ羞らひの衣でなく。ただ僕の裸の腕と、眼と脣とのするあたらしい對話のゆゑに。
僕らのむかし持つてゐた、「アンリエツトとその村」のやうなところに、またそつとしのびこむ。しかし、たいへん灯盜人のやうに。そのたかで、くりかへす。何を? 僕らはまたあのメエルヘンを――六月の理想のやうに空は靑かつた。雲が風に吹き送られてゐた、僕らが世界の中心にゐた。そして世界はかぎりなくひろかつた。何もかもがきらきらとかがやいた、と。いふまでもなく、「アンリエツトとその村」といふのは僕らのむかしの夢であり、今日僕らは裸にされたうつつに住む。昔の夢をけふのうつつにする。むしろ僕らはそのこはれやすい果敢ない營みを信賴する。この信賴は、恥ぢたならいい、僕らの夢の淨らかな危さがあのやうに心に悲哀を教へた日から、けふのあかしをえらびとるときに。
だが、アンリエツトとはだれか? 僕らはそのメエルヘンを知つてゐて、それを知らない。「アンリエツトとその村」といふ場所だけをはつきりと知つてゐて、そのやうなところとばかり言ふ。アンリエツトは、おまへだと、おまへに僕はささやくなら、むかしの夢のアンリエツトはみんな死ぬ。おまへひとりがあざやかに生き生きとする。それゆゑ、安心してけふは僕らと言ふ。どこかに血がつめたくなつてゐる場所がある、それを生きたおまへはあたためる。死んだアンリエツトたちはよみがへつて、おまへになる。おまヘと僕と。つまり、僕ら。そして僕らのおまはりに美しい休息と綠と靑と慰めと……そして無限に深い「いつから?」の問ひが眼を覺ます。
僕らが、たがひに愛しあふやうに、僕らは僕らのひとつの運命を愛する。
Ⅱ
僕らは眠りのなかで夢を見るやうに、いまここにふたりゐる。おまへは僕にこれはきつと夢なのだとささやく。僕のまへにお前の白い顏があたたかくにほつてゐる。しかし夢なのだと。おまへのしめつた脣や閉ぢた眼がうそを告げるだらうか。それならば、これは夢なのだと僕も信じよう。さうして、ここにゐるこの僕はだれたのだらう。僕もまたひとつの夢、おまへの夢みた夢! ちやうどおまへのほほゑみが僕の心を熱くしたひとつの夢であるやうに。そしてふたつの夢がたつたひとつの夢となるとき、僕らの對話はうつつになる。優しいうつつに。消したならば消えさうに。消えるとき、それはまたたつたひとつの夢だ。ふたつの身體のなかに――
Ⅲ
いつまでも いつまでも
もしも 僕らが鳥だつたなら
空の高くを飛んでゐよう
雲のあちらを あこがれながら
いつまでも いつまでも
木の枝にゐて うたつてゐよう
たつたひとつのうたのしらべを
おなじ聲で うたつてゐよう
身のまはりで すべてが死に
僕らのうたは 悲しみになる
そして 空は かぎりなくとほい
あのあこがれは 夢だつた と
僕らの翼と咽喉は 誣ひるだらう
いつまでも そのあと いつまでも
Ⅳ
僕には、たつたひとつわからないことがある。時はなぜこのやうにくりかヘすのか。そしてなぜ僕にひきとめられずにすぐ死に絶えるのか。おまへはいつもその問ひであり、しかも答へであらうとする。眼はとぢられる、そしてふたたび見ひらかれる、優しいほほゑみが脣の上に漂ふ、消えさうに。ひとつのくちづけはをはつた。そのときだ、おまへは僕にとつていたいたしいまで、ひとつの答へであらうとする。僕がむしろ問ひを諦らめるときに。このやうな時はまたくりかへされ、しかしすぐに死に絶える。おまへは僕の耳にかすかな聲でささやく、今のやうな時をずつとあと思ひ出のなかにもう一度呼びかへしたら、どんなに美しいことだらう、と。そして、そのとき、すべて吹夢だつた、と、おまへと僕との思ひ出は言はないだらうか。今死に絶えてゆくこの時は、その日には昔がたりのうりつになる。そして僕らは夢のなかに生き、時のなかにふるさとを失ふ。僕らの問ひが言ふのがだ。あの時を夢にせよ、と。なぜ僕はここに今力なく立つてゐるのか、あたたかくにほひすろおまへのちひさい身體のほとりに。なぜおまへは今僕にそのやうな眼ざしを投げてゐるのか、切ない,悲しくされた眼ざしを、たよるもののなくなつたやうに。だれがこの「なぜ?」に答へられるか、そしてだれが、この「なぜ?」に追はれずにしづかにここに身を横たへられるか。
Ⅴ
雨が降つてゐる。僕は、ひとりで窓のそばに坐つてゐる。雨の雫が窓の硝子をつたはつてながれる。ちひさい窓。遙かな風景。そして、僕には思ひ出がある。
ひとつも區別出来ないほどごちやごちやになつて、たくさんの思ひ出がある。日曜日。僕は幼年の陽のあそびのやうに、丹念にそれらを組み立てては、またつきくづす。雨が降つてゐる。灰色の光が僕のぐるりをひたしてゐる。不意にきらきらとあの靑空が光はじめる。僕のまへでのみさした茶碗からゆるやかに煙が立つてゐる、あのチユーリツプの紅を溶かした熱い液體から。そして、僕らはまたあの靑空の下で白い雲をながめる、それはまた鞠のやうだ。陽にあたためられた綠の草のにほひが爽やかな風にはこばれ、風は空にリボンを吹きおくる。そして雨が降つてゐる、しづかに雨だれの音がきこえる。《いつがけふ? いつがむかし?》雨だれの音は僕の心の上にする、そしてとほくの屋根からする。僕の心はくりかへす、《いつがけふ? いつがむかし?》と。小川のせせらぎが何かを語りはじめる。耳を傾けよとうふやうに。夜の空の星がひとつびとつあらはれる。そしていつかまた霧のなかに消えてゆく。この孤獨な眞晝。僕には思ひ出がある。もう美しい夢になつてしまつた。うつつの世界には何のふるさともない思ひ出が。僕の心は羽搏いてゐる。熱い眞晝の夢のなかで、もし僕の心が眼醒めたなら! 雨が降つてゐる。そして、それは、靑空の下できらきらとながれる小川のせせらぎとおなじやうに、《いつがけふ? いつがむかし?》という、あのしらべをうたつてゐる。雨が降つてゐる。ちひさい窓。遙かな風景。窓のそばに、机に凭れて、僕が、坐つてゐる。ひとりきり。
Ⅵ
出て行かう。どこへ!
もうだれもここにはひきとめない。そしてあちらに優しい會話が待つてゐる。黃昏があたりの空を、うすら明るく光らせる。
おまへは、僕を待つてゐる。いくつもの疑ひとためらひのあと……僕は、おまへに、ひとこと言つた、かすかな聲で。
出て行かう。遙かな世界。僕たちの無眼。いま。あたらしい生は生き生きと山のあちら を望んでゐる。さう、いつか僕はおまへにただ悲しみばかりを低い聲で告げてやつた。僕らは最後の人たちだ、と。さうだつたらうか。あたらしい夜が、そしてあたらしい朝が、僕らを待つてゐる。
出て行かう。あのめぐりあひの日の悲しみを、僕らのいまはとほい夢だとおもはせる。あたらしい力、そして僕たちの無限。おまへの微笑が湛へてゐる、ひろい世界。僕たちは生きてゐる。
出て行かう。――どこへ?
僕たちの美しい世界。
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