「今昔物語集」卷第二十七 狐託人被取玉乞返報恩語 第四十
「今昔物語集」卷第二十七 狐託人被取玉乞返報恩語
第四十
[やぶちゃん注:底本は池上洵一編「今昔物語集」(岩波文庫二〇〇一年刊)の「本朝部 下」を用いたが、従来通り、恣意的に正字化し、読みは歴史的仮名遣で独自に附し(底本は現代仮名遣)、甚だ読みが振れるか或いは判読の困難なものにのみとした。今回は私の電子テクスト『小泉八雲 落合貞三郎訳 「知られぬ日本の面影」 第十五章 狐 (六)』の注を補助するための速成テクストとして作成したもので、後に補填を加えるかも知れないことをお断りしておく。]
「今昔物語集」卷第二十七 狐、人に託(つ)きて、取られし玉を乞ひ返して恩(おん)を報ぜる語(こと)
第四十
今昔(いまはむかし)、物(もの)の氣病(けやみ)爲(す)る所有けり。
物託(ものつき)の女に物託て云(いは)く、「己(おのれ)は狐也。祟(たたり)を成して來れるには非ず。只、此(かか)る所には自然(おのづか)ら食物(くひもの)散(ちり)ぼふ物ぞかしと思て、指臨(さしのぞき)て侍るを、此(か)く被召籠(めしこめ)られて侍る也」と云(いひ)て、懷(ふところ)より白き玉の小柑子(ちひさきかむじ)などの程なるを取出(とりいで)て、打上(うちあげ)て玉(たま)に取るを、見る人、「可咲氣(をかしげ)なる玉かな。此の物託の女の、本(もと)より懷に持(もち)て、人謀(たばか)らむと爲(す)るなめり」と疑ひ思(おもひ)ける程に、傍(かたはら)に若き侍の男の勇(いさみ)たるが居て、物託の其の女の玉を打上たるを、俄(にはか)に手に受(うけ)て、取(とり)て懷に引入(ひきい)れてけり。
然れば、此の女に託たる狐の云く、「極(いみじ)き態(わざ)かな。其の玉、返し得(えさ)せよ」と切(せつ)に乞(こひ)けれども、男、聞きも不入(い)れずして居(ゐ)たるを、狐、泣々泣(なくな)く男に向(むかひ)て云く、「其(そこ)は、其の玉取たりと云ふとも、可持(たも)つべき樣(やう)を知らねば、和主(わぬし)の爲には益(やく)不有(あ)らじ。我れは、其の玉被取(とられ)なば、極(いみじ)き損(そん)にてなむ可有(あ)るべき。然(さ)れば、其の玉返し不令得(えしめ)ずは、我れ、和主(わぬし)の爲に、永く讐(あた)と成らむ。若(も)し返し得しめたらば、我れ、神の如くにして和主に副(そひ)て守らむ」と云ふ時に、此の男、「由し無し」と思ふ心付(こころつ)て、「然(さ)は、必ず我が守(まもり)と成り給はむや」と云へば、狐、「然(さ)ら也(なり)。必ず守と成らむ。此(かか)る者は、努々(ゆめゆめ)虛言(そらごと)爲(せ)ず。亦、物の恩不思知(おもひしら)ずと云ふ事無し」と云へば、此の男、「此の搦(からめ)させ給へる護法(ごはふ)證(しよう)ぜさせ給ふや」と云へば、狐、「實(まこと)に護法も聞こし食(め)せ。玉を返し得(えさ)せたらば、※(たしか)に守と成らむ」と云へば、男、懷より玉を取出して女に與へつ。狐、返々(かへすがへ)す喜(よろこび)て受取つ。其の後(のち)、驗者(げんじや)に被追(おはれ)て、狐去(さり)ぬ。[やぶちゃん字注:「※」「忄」+「遣」。]
而る間、人々有て、其の物託の女を、やがて引(ひか)へて、不令立(たたしめ)ずして、懷を搜(さぐり)けるに、敢(あへ)て其の玉無かりけり。然(さ)れば、實(まこと)に託(つき)たりける物の持(も)たりける也けりと、皆人(みなひと)知(しり)にけり。
其の後(のち)、此の玉取(たまとり)の男、太秦(うづまさ)に參(まゐり)て返(かえり)けるに、暗く成る程に御堂(みだう)を出て返ければ、夜(よる)に入(いり)てぞ、内野(うちの)を通(とほり)けるに、應天門の程を過(すぎ)むと爲(す)るに、極(いみじ)く物怖しく思えければ、「何(いか)なるにか」と怪(あやし)く思ふ程に、「實(まこと)や、我れを守らむと云(いひ)し狐有(あり)きかし」と思ひ出て、暗きに只獨り立(たち)て、「狐(きつね)、々(きつね)」と呼(よび)ければ、「こうこう」と鳴(なき)て出來(いできたり)にけり。見れば、現(あらは)に有り。
「然(さ)ればこそ」と思(おもひ)て、男、狐に向(むかひ)て、「和(わ)狐(きつね)、實(まこと)に虛言(そらごと)不爲(せ)ざりけり。糸(いと)哀れ也(なり)。此(ここ)を通らむと思ふに、極(きはめ)て物怖しきを、我れ送れ」と云ければ、狐、聞知顏(ききしりがほ)にて、見返々々(みかへるみかへる)行(ゆき)ければ、男、其の後(しり)に立(たち)て行くに、例(れい)の道には非(あら)で、異道(ことみち)を經て行々(ゆきゆき)て、狐、立留(たちと)まりて、背(せなか)を曲(かがめ)て拔足(ぬきあし)に歩(あゆみ)て、見返る所有り。其のままに男も拔足に歩て行けば、人の氣色(けしき)有り。和(やは)ら見れば、弓箭(きうぜん)・兵仗(ひやうぢやう)を帶(たい)したる者共、數(あまた)立(たち)て、事の定めを爲(す)るを、垣超(かきご)しに和(やは)ら聞けば、早(はや)う盜人(ぬすびと)の入らむずる所の事定むる也けり。此の盜人共は、道理(だうり)の道に立(たて)る也(なり)けり。然(さ)れば、其の道をば經て迫(はざま)より將(ゐて)通る也けり。「狐、其れを知(しり)て、其の盜人の立てる道をば經たる」と知(しり)ぬ。其の道出畢(いではて)にければ、狐は失せにけり。男は平(たひら)かに家に返(かへり)にけり。
狐、此れに非ず、此樣(かやう)にしつつ、常に此の男に副(そひ)て、多く助かる事共(ども)ぞ有ける。實(まこと)に「守らむ」と云けるに、違(たが)ふ事無ければ、男、返々(かへすがへす)す哀れになむ思(おもひ)ける。彼(か)の玉を惜むで與へざらましかば、男、吉(よ)き事無からまし。然(さ)れば、賢く渡(わたし)てけりとぞ思ける。
此れを思ふに、此樣(かやう)の者は、此(か)く者の恩を知り、虛言(そらごと)を爲(せ)ぬ也(なり)けり。然(さ)れば、自然(おのづか)ら便宜(びんぎ)有(あり)て可助(たすくべ)からむ事有らむ時は、此樣(かやう)の獸(けもの)をば、必ず可助(たすくべ)き也(なり)。
但し、人は心有り、因果(いんぐわ)を知るべき者にては有れども、中々獸よりは者の恩を不知(し)らず、實(まことなら)ぬ心も有る也(なり)となむ語り傳へたるとや。
□やぶちゃん注(注に昭和五四(一九七九)小学館刊の日本古典文学全集馬淵・国東・今野訳注になる「今昔物語集 4」(第四版)を一部参考にした)
「物の氣病爲る所」「物の氣病」は物の怪に憑依されて病んでいる状態を指すが、この全文でそうした憑依された患者がいる家の意。
「物託の女」後で出る物の怪調伏のために来た「驗者」(実は私は個人的には「げんざ」と読みたくなるが、諸本の読みに従った)即ち、民間の陰陽師様(よう)或いは山伏様(よう)の者が、「よりまし」(依り代(しろ)。霊を憑いた者から一時的に移して尋問するための人間)として連れて来た女。一般には未婚の処女の少女が使われた。所謂、本来の祭祀の主宰者であったはずのシャーマンとしての巫女が、使役される者として零落してしまった姿と言える。
「此く被召籠られて侍る也」ここ――閉じ込められてしまったので御座る――と丁寧語まで用いているところからは、憑かれた女が座敷牢のようなところに押し込められているをイメージしてしまうが、後のシーンを慎重に読み解くと分かるが、女が抛り上げた玉を男が取るところから見ると、実はこのシークエンス全体の主役の「女」は「憑りつかれた女」ではなくて、修験者の連れて来た「よりまし」の少女であることが判明する。「被召籠られて」いるというのは、後で男が「此の搦させ給へる護法」という語に出るように、この狐憑きの女から「よりまし」に強制的に移されてしまった物の怪が、修験者の招聘した護法童子(護法善神という。密教の高僧や修験者に随って守護し、また聖俗の両界に亙って使役される神霊や自然の精霊のようなもの。最もよく語られるのは陰陽師の使役神としてである。通常は不可視で使役する者以外の他者には見えないとされる)によって「よりまし」から逃れる出ることが出来ない状態を指してゐることが判る。さすれば、この後のシーンも、その「よりまし」が庭先きか門先きにでも苦し紛れに這い出て行って、そこで玉投げを始めたのである。だからこそ、野次馬の一人が修験者や「よりまし」を似非宗教者、騙(かた)り者、詐欺師と疑い、「此の物託の女の、本より懷に持て、人謀らむと爲るなめり」と言い放ったのである。
・「可持つべき樣を知らねば、和主の爲には益不有らじ」永く自分の物として有効に所持する方法。即ち、この美しい玉は何らかの呪具であるのだが、使用法を知らなければ、ただ美しい玉でしかなく、何の役にもたたず、あたら無駄に持つことになるであろう、と言っているのである。「和主」の「わ」は相手に対する親愛を添える接頭語であるから、玉を何とか返してもらえるように懐柔する慇懃さが現われているところであろう。
「讐」仇敵。恨みを持つこと。前の「爲に」「ため」は形式名詞であるが、「~にとって」の意である。
「由し無し」以下にあるように男の心内語で、狐の言うように所持していても利用法を知らなければ、意味がなく、ただ美しいだけなれば直に飽きてしまうであろう、とでも考えたのであろう。
「此の搦させ給へる護法證ぜさせ給ふや」ここで男は、狐憑きの女にではなく、それをここに呪縛している目に見えない善神たる護法童子に対して訊ねかけている点に注意。
「實に護法も聞こし食せ」これも男に対して述べているのではなく、自分を呪縛している不可視の護法童子に懇請し、誓約しているのである。注意されたい。
「※(たしか)に」(「※」「忄」+「遣」)は「慥に」に同じい。
「太秦」「參て」とあるように、現在の京都右京区太秦にある真言宗広隆寺のこと。
「内野」京都市上京区の南西部一帯の旧地名。平安京大内裏のあった地域であったが、たびたび火災に遭って平安後期にはすっかり荒廃して荒野原となっていた。
「應天門」平安京大内の南面の正門。
「こうこう」しばしば古文で狐の啼き声とされるが、この「こう」の「う」音は「ng」の音を写したものとされ、「こう」は「kong」で、現行の「こんこん」とほぼ同じ音であると考えられていると小学館の頭注にある。……しかし「てふてふ」と同じで……私はやっぱり「こうこう」が、いいな!……
「例の道」普通ならば最短のコースとして当たり前に通るルート。
「異道」違った道の意以外に、普通は人の歩かぬような踏み分けの間道、獣道のような道の意を含んでいるようである。狐の案内する以上、けもの道でも納得出来よう。
「兵仗」実戦用の刀剣などの武具。「儀仗」の対語。
「事の定め」あることを成すための決まりごとを相談すること。
「和ら」副詞「やはら」で、そろそろと・そっと・ゆっくりと・しずかにの意で、現行の「やおら」である。
「早う」下で見るように「けり」で結んで、その瞬間に初めてあることに気づいたという驚きをあらわす。これは結びの「なりけり」も実は同用法であるから、強調形になっていると言える。
「然れば、其の道をば經て迫より將通る也けり」諸本は「經で」とするが、池上氏はそれを採らない。脚注も毅然として「で」の校訂を不当としており、共感が持てる。わざわざ「其の道」を「間道」とせずに「例の道」と解さなくてはならない道理はない。これでよい。ややくどくなるが、くどくなるのは「今昔物語集」では寧ろ、日常茶飯ではないか。
「然れば、其の道をば經て迫より將通る也けり」「狐、其れを知て、其の盜人の立てる道をば經たる」「迫(はざま)」は古典全集では『垣根のそば』と注するが、しかしそれでも、この「經て」と「經たる」は意味不明である。旧古典文学大系にまことしやかな解釈が載るが、小学館版が述べる如く、それは明らかに論理的に破綻している。ここは前者は「經で」であり(古典全集は原文がそうなっている)、後者は「避(さけ)たる」の誤字(小学館版もそれを採っている)としてこそ意味が通る。訳ではそれで処理した。
「多く助かる事共ぞ有ける」ここは主語が男に変わっている。
「哀れになむ思ける」この「あはれに」は、感心に思う・面白い、の「をかし」と同等の意である。
「但し、人は心有り、因果を知るべき者にては有れども、中々獸よりは者の恩を不知らず、實ぬ心も有る也(なり)」これは実に感心する鋭い「獣にも悖(もと)る人間獣」批判である! いいね!
□やぶちゃん現代語訳
狐が人に憑りついていたが、その狐が、人に取られてしまった呪力を持った玉を乞い願って返して貰い、恩を報じたこと
第四十
今となっては……昔のことじゃ……物の怪(け)に憑りつかれて病んだ者のおった家があった。
調伏のために招かれた修験者(しゅげんじゃ)が、連れてきた「よりまし」の少女に、憑かれた女からその物の怪を移して糾したところが、
「……お、己(おの)れは狐である……た、祟りを成さんとして来たのでは……ない……た、ただ……そ、そのこの辺りには……いつも……く、食い物が……たんと散らばっておるものじゃと思うておったによって……ふいに……のぞいてみて……この女にとり憑いておりましたところが……か、かくも不覚にも……今……呪(まじな)いによって……呪縛されてしもうて御座りまする……」
と述べた。
すると、そう言ったそばから、「よりまし」の少女から、また憑かれた女の方に、またぞろ、狐は戻ったようで、庭先まで苦しげに這い出ると、女は懐(ふところ)より、小さな蜜柑ほどの大きさの、白い不思議な玉をとり出だいては、これをお手玉の如くに打ち上げては取り始めた。
それを見ておった、立ち入っておった野次馬の群れの一人が、
「……何とも綺麗な不思議な宝玉やないかい!……じゃが!……これは――その「よりまし」を演じておる女子(おなご)が、もとから用意して懐に入れ持って、人を謀(たばか)ろうとしておるに決まるっとる! 儂(わし)は騙されへんでえ!」
と疑い思うて、実際にそんな風にちゃちゃを入れたところが、そばにて、黙って見ておった青侍(あおざむらい)で、如何にも屈強そうな男のおって、「よりまし」のその女の、ぽーんと投げ上げた玉を、横から、
――さっ!
と手に受けて取ったかと思うと、そのまますぐに自分の懐に引き入れてしもうたのじゃった。
されば、この「よりまし」の女に憑いた狐が、
「……な……なんてひどいことをしなさるんや!……その玉……返しておくない!」
と切(せち)に乞うたけれども、かの青侍、これ、聴く耳持たず、にやにやと笑うたまま、黙っておるばかり。
すると、狐はこれ、泣く泣く、その男に向(むこ)うて、
「……そこもとは……その玉を手に入れたとしても……それを使うべき方法を知らねばこそ……あなたさまのためには……これ……なんの役にも立ちますまいぞ……我れらは……その玉……これ……奪われたとなれば……どえらい損失となることになるのじゃて……されこそ……その玉を……これ……お返し下されぬとならば……我れら……あなたさまにとっては……これ……永く……仇敵とならざるを得ませぬ……もしお返し下さったとならば……我れら……神の如くにあなたさまを崇め……永くにあなたさまにつき添うて……お守り致す……」
と申した。
と、この男も、
『……まあ、そんなもんかも知れん……』
という気になって、
「――さても。必ず――我らを守護する者と――なって下さる……か?」
と質したところ、「よりまし」の狐は、
「勿論じゃ!……必ず守護せる者と成りましょうぞ!……我等のような者どもは――人とは違(ちご)うて――ゆめゆめ噓は申さぬものじゃ……また――人と違うて――一度受けた恩は……これ……決して忘れるということは……ないのじゃて……」
と応えた。そこでかの男は中空に向って、
「――この狐めを搦め捕っておらるる護法童子様!――今、狐めの申したことの御証人となって戴けまするか!?」
と呼ばわったところ、狐も同時に頭上に向って、
「……ま……まことに護法もお聴き届け下さいまし!……かのお侍が……かの玉を返して下さったならば……たしかに我ら……かのお人を守護する者となりましょうぞッツ!」
と言上(ことあ)げ致いたによって、男は、懐より玉を取り出だいて女に与えた。
狐は返す返す、喜びの礼をなして、それを受け取った。
その後(のち)、驗者(げんざ)に追われて、狐は素直に去って行った、と験者は告げた。
されば、野次馬の人々が寄ってたかって、かの「よりまし」の少女のところに駆け寄るや、そこに引き据え、その懐を探ってみたのであるが、さっき持っていたはずの玉は影も形もないのであった。さればこそ、
――いや! まっこと! 憑りついたる狐の持ち去ったものだったのであったわ!
と、皆人(みなひと)、合点したということでじゃった。……
さてもその後(のち)のことじゃた……この玉を取って――狐にそれをまた返した――男、太秦(うずまさ)の広隆寺に参っての帰るさ、暗くなってから御堂(みどう)を出でたによって、もうすっかり夜(よる)になってから、かの内野(うちの)を通り抜けて行ったところが、応天門の辺りを通り過ぎようとした頃、何か知らぬ、ひどくもの怖しゅう感じたによって、
『……一体……このぞくぞくした感じは何じゃ?』
と怪しゅう思うたによって、
「……そうじゃ! 我れらを守らんと申した狐のおったではないか!」
と思い出だいて、暗き中にただ独り立ちながらにして、
「――狐(きつね)!――狐ッ!」
と呼ばわったところ、
「こう! こう!」
と鳴いて何かが闇内より出で来た――と――見れば、目の前に狐が一疋――現われ出でた。
『いやいや! さればこそ来て呉れたか!』
と少し怖じ気も和らいだによって、男は、狐に向かって、
「――われ! 狐よ! まっこと、嘘はつかなんだのじゃのう! いやいや! 実に殊勝なことじゃ!……実はの、ここを通ろうと思うのじゃが、どうにも何やらん、もの怖しゅう覚えたによって――一つ、我れを送れ!」
と告げたところ、狐はこれ、訳知り顔にて、見返り見返りしては、男がついておるを確かめ確かめ、先へと行く。されば男も、その後(しり)について行ったのじゃが、普通、ここより男の家に向かうべき道ではなく、全く見知らぬ違う道を辿ってどんどん行くのじゃった。狐は時おり、立ち止まっては、背中を、きゅっ! とかがめ、何かを用心するかの如く、抜き足差し足にて歩んで、つっと! と止まっては、男ではなく、背後の闇を見返るような素振りをする。そのままに男も抜き足差し足にて歩んで行った。すると、じきに明らかな人の気配が感じられる。そっと目を細めて闇の中を透かして見ると……
――弓矢や刀剣を帯びた怪しい者どもが
――数多立っておって
――何やらん
――ぼそぼそと
……しかし……
――殺気立って
――相談をしていることが判った。……
……されば……近くの人家の垣根越しに、奴等(きゃつら)に気づかれぬよう、やはりこっそりと近づいて身を隠しつつ、その話の内容に耳を傾けてみると、なんとまあ! 奴等(きゃつら)盜人(ぬすっと)どもは、今にも入ろうとする屋敷への手筈(てはず)を打ち合わせている最中ではないか! そして、この盜人共どもは、私のいつも通るところの表通りの道に立っているのであった! さればとよ! 狐はそのいつもの道をば通らずに、かく垣根近くを通る間道(かんどう)を率いて通ったのじゃった!
『狐は、既にしてこの悪党連中のことを事前に知って、その盜人どもの立っている本道をば避けて通って来たのだった!』
と合点したのじゃった。かくもその間道を出で終えると、狐は、何処ともなく消え失せて行った。かくして男は無事、自分の家に帰り着いたのじゃった。
狐、この折りのことだけでなく、いつ何時にても、常にこの男に蔭に日向につき添うておったによって、男は実に多くの場面で助かるといったことどもが、これ、多くあったという。本当に「守ろう。」と言うた、その誓約に狐は全く違(たが)うことがなかった。さればこそ、男も、何度も何度も、この狐に心から感心しては有り難く思うたという。かの不思議な宝玉を惜んで帰してやらなかったとしたならば、男にはこれ、かくもよきことは起こらなかったに違いない。されば、よくぞ賢くも返してやったことであったと、男は思うことしきりであったと申す。
これを考うるに、かような者――獣――は、かくも他者の恩を心に刻み、嘘はつかぬものなのであったなあ! されば、自然と、何らかの機会のあって、助けてやれるようなことあったならば、こうした獣(けもの)は、必ずや、助けてやるのがよい、やるべきなのじゃて。
ところが、人というものには、個々人のさもしい私的な思いなんどという下らぬものがあって、因果という絶対の真理を智としては知っているはずの存在であるにも拘わらず、なかなか獣なんぞより、
――他者の恩という大切なものを真に理解し得ず
――まことならぬ不誠実な心を往々にして持ってしまっておる
――如何にも
――残念な存在なのである
と、かく、語り伝えているとかいうことである。
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