生物學講話 丘淺次郎 第十六章 長幼の別(3) 三 鰻の子供
三 鰻の子供
[「まんばう」の最も若い幼兒]
[「まんばう」の幼兒]
[「まんばう」の親]
[やぶちゃん注:上図から順に以上のキャプションが入る。老婆心乍ら、くれぐれも間違えないように言っておくと、一番上の尖った突起が体中から生えている奇体な魚がマンボウの最も若い幼魚である。]
[鰻の發生]
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、これもくれぐれも誤らないように。上から下へ向かって順に成長した幼魚が図示されているのである。]
魚類も小さな卵を産む種類が多いから、幼魚と親との形狀の違ふことは極めて普通である。尤も卵から出たときから已に脊椎動物としての形を具へて居るから、變態といふても、多くは單に身體諸部の割合が變つたりするだけで、昆蟲類に見るやうな劇しい變態はない。しかしながら多くの中には幼魚の形が全く親と違ふので、親も知られ子も知られながら、それが互に親子であることが長く知られずに居たやうな例も幾つかある。例へばこゝに圖を示した「まんばう」の如きも、その幼魚を初めて見たものは、決してこれを親と同種類の魚であるとは心附かぬに違ひない。鰻なども幼魚が確に鰻の子供として知られるに至つたのは、今から僅に二十數年前のことに過ぎぬ。鰻は我が國ではどこの池にも沼に普通に居るもので、肉は蒲燒にでもすると、頗る美味であるから、昔から誰にも知られて居るが、鰻がいつどこで卵を産むやら、またその卵から如何なる形の子が孵つて出るやら少しも知られなかつた。何疋捕へて腹を割いて見ても卵の見附けられることは殆どなく、またあつても卵の粒が極めて小さいから、普通の人には卵とは氣が附かぬ位である。それから、鰻がの繁殖に關してはさまざまの俗説が行はれ、鰻は胎生すると唱へて居る地方も澤山ある。鰻の胎兒といふものは幾度も見せられたことがあるが、いづれも皆鰻の腹の内に寄生する一種の蛔蟲であった。胎生説は恐らくこの間違ひから起つたものであらう。かくの如く鰻の繁殖法は長い間全くわからずにあつたが、その後段々調べた結果、鰻は産卵するには河を下つて海に出て、稍々深い處の底まで行つて産むもので、その卵から孵つた幼兒は、一時親の鰻とは少しも似たところのない、透明な扁たい奇妙な魚になることが確に知れるに至つた。しかもこの幼魚は、已に前から漁師などの知つて居たもので、日本ではこの類を「びいどろうを」と名づけて居た。「びいどろうを」は底を引く綱には幾らも掛つて來るが、その透明なることは實際硝子の通りで、水中では全く見えぬ位である。體は柳の葉の如き形で長さ一五―一八糎にもなるが、これが更に生長すると、不思議なことにはこゝに圖に示す如くに、體が段々縮小し、幅は狹くなり、長さも減じ、その間に黑い色素が生じて、終に小さな鰻の形が出來上がる。この程度まで達すると、鰻の稚魚は河を遡り、小川や溝を傳うて池や堀まで達し、そこに留まつて大きくなるのである。幼魚が河を上るときは實に盛なもので、何百萬か何千萬かわからぬほどの大群が、ただ流れに逆うて上へ上へと進んで行くから、手拭で掬うても百疋位は直に取れる。
[やぶちゃん注:「まんばう」条鰭綱フグ目フグ亜目マンボウ科マンボウ属マンボウ Mola mola。私の大好きな ♡~モラ~モラ~♡! 私の寺島良安「和漢三才圖會 卷第五十一 魚類 江海無鱗魚」の「楂魚(うきき/まんぼう)」など、ご覧あれ。また、ウィキの「マンボウ」には『マンボウのメスが一度に産む卵の数は』三億個に『達するともいわれ、最も多く卵を産む脊椎動物とされる。卵は親に保護されることもなく海中を浮遊しながら発生するため、ほとんどが他の動物に食べられてしまい、成長できるのはごくわずかである。孵化した稚魚は全身にとげがあり、成魚とは似つかない金平糖のような姿をしている』。『一時的にとげが長くなりハリセンボンのようにもなるが、成長するにつれとげは短くなり、マンボウ独特の姿に変わってゆく』とあって画像も附されてある。必見。私もホルマリン漬のものは見たことがあるものの、実物の生体の幼魚を見たことは実は、ない。
「びいどろうを」ここは一応、条鰭綱ウナギ目ウナギ亜目ウナギ科ウナギ属ニホンウナギ
Anguilla japonica の幼魚と同定しておくが、ウナギ科 Anguillidae の仲間に――というよりも実はカライワシ上目Elopomorphaに分類される魚類(カライワシ目 Elopiformes・ソトイワシ目・ウナギ目そして私のダウ好きなサコファリンクスを含むフウセンウナギ目 Saccopharyngiformes に下位分類される)に共通する特徴である、平たく細長く透明な幼生「レプトケファルス」(Leptocephalus:「レプトセファルス」とも音写し、「葉形仔魚」ともいう)をひっくるめたものとして認識した方がよい。ウィキの「レプトケファルス」によれば(以下、広義の「レプトケファルス」記載である)、大きさは種によって異なり、五センチメートル前後かそれ以下から一メートルを超える場合もある。『ウナギやアナゴ、ハモなどのウナギ目のものが有名でウナギは成長後にはレプトケファルス期の』約十八倍、アナゴは約三十倍の大きさになるとあるが、これは成魚との比較である点に注意されたい(以下の下線部を参照)。『ウナギの場合、産卵場所の南方の海で孵化した仔魚は、レプトケファルスに成長し、さらに日本沿岸まで黒潮に乗って北上してから変態してシラスウナギと呼ばれる稚魚に成長し、河川などの淡水に上って成魚になる。変態時にゼラチン質の体が脱水収縮して体組織の濃縮が起こるため、変態の前後で体は小さくなる』(下線やぶちゃん)。『また、多くの魚類で口の奥に向いている歯が、レプトケファルスでは前方に向いており、様々な動物プランクトンを与えてもほとんど捕食しないことから、食性が謎に包まれていた。その後、海で採集したレプトケファルスの胃の中からオタマボヤ類が植物プランクトンを採食するために分泌する、ゼラチン質の使い捨て式フィルターである包巣の残骸が見付かった。これをきっかけに、オタマボヤ類の廃棄された包巣などに由来するマリンスノーを摂食していることが判明し、これを模した人工飼料で飼育できることも明らかになった。ハモのレプトケファルスではエビのすり身、ウナギのレプトケファルスではサメの卵黄を原料とした人工飼料による餌付けが成功している』。一九二八年から一九三〇年にかけて、『デンマークの調査船ダナ号による海洋調査が行われた』が、その一九三〇年一月三十一日のこと、『そのダナ号によってセント・ヘレナ島付近で』一・八メートルもある『非常に大きなレプトケファルスが捕獲され、大きな反響を呼んだ。それまで知られていたウナギ類のレプトケファルスは成長後には数十倍の大きさになることから、この巨大なレプトケファルスが成体になった場合には体長が』数十メートルにも『なると予想され、伝説のシーサーペント(大海蛇)の正体がこれで判明した、と報じる新聞もあった。その後も巨大なレプトケファルスの標本はたびたび採取されたが、その成体の姿は謎のままだった』が、その『最初の発見からおよそ』三十年ほど経った一九六〇年代半ばになり、『偶然にも変態途中の巨大レプトケファルスが採取され』、『その身体の特徴は、この幼生がソコギス亜目』(現在のカライワシ上目ソトイワシ目ソコギス亜目 Notacanthiformes)『魚類の仔魚である可能性を強く示唆していた。あらためて詳細な調査と研究が行われた結果、
・ソコギス亜目魚類もレプトケファルス期
を経て成長する。
・そのためウナギ目とソコギス亜目には近
い類縁関係が認められる。
・ウナギ類はレプトケファルス幼体からの
変態後に大きく成長する一方で、ソコギ
ス類はレプトケファルス期において成体
サイズまでの成長を行い、変態後はほと
んど成長しない。
などの事実が判明した。それまで見つかった巨大レプトケファルス標本も再調査の結果、ソコギス亜目魚類の幼体であることが明らかになり、シーサーペントは再び伝説上の存在となった』。『その後、同じくレプトケファルス期を持つことがわかったカライワシ類などと共に、これらの仲間はレプトケファルス期を持つことを共通形質とするカライワシ上目という分類群にまとめられている』とある。]
[「アメリカ魚」の發生]
生長するに隨うて體が小さくなることは一寸奇態に考へられるが、かやうな例はなほ幾らもある。こゝに圖を掲げたのはアメリカ、カリフォルニヤ産の魚であるが、これも幼魚の時代には白魚によく似た形で、體が柔く透明で生長するに隨ひ體長は約二分の一に減じながら、次第に親の形に近づいて來る。また「おたまじやくし」は蛙の子であるから、蛙よりも小さいのは常であるが、種類によつては親よりも遙に大きいものもある。南アメリカに産する「不思議蛙」といふ種類では、親の體は長さ四・五糎位に過ぎぬが、その産んだ卵から出來た「おたまじやくし」は、最も大きいときは長さ二四糎餘にもなる。その鬨は胴だけでも七・五糎位もあり、尾の幅も九糎以上に達するから、親の蛙に比べると實に何層倍も大きく、殆ど象と人間とを竝べた如くである。しかしそれより成長が進むと、「おたまじやくし」の體は段々縮まつて、一度は親よりも小さくなり、更に生長して終に親と同じものになる。
[やぶちゃん注:「アメリカ魚」不詳。図から見ても私には同定出来ない(私は魚類は必ずしも得手ではないことを告白しておく)。識者の御教授を乞う。
「不思議蛙」これは見辛い附図と子と親の大きさの逆転的に異様な違いから見て、以前に見た私の好きな「カラパイア」の『成長するほど小さくなるカエルがいる。「アベコベガエル」』の動画や幼体の形状が記憶と合致したので、両生綱無尾(カエル)目アベコベガエル科 Pseudidae アベコベガエルPseudis
paradoxa のことと断定出来ると思う。リンク先には『南米アマゾン川流域やトリニダード島に生息して』おり、幼体時は全長二十五センチメートルを『超えるほどの世界最大の巨大なオタマジャクシなのだが、成長してカエルになると何故か』六センチメートルと、子供の頃の三分の一ほどの『大きさになってしまう』とあって、丘先生の示された数値とそう大きな隔たりは認められないと私は思う。]
[「不思議蛙」とその子]
[やぶちゃん注:これは学術文庫版が白く飛んで細部の観察がし難いため、逆に暗いものの、まだ幼体の細部が分かる国立国会図書館蔵の原本からトリミングし、補正を加えた。]
[つめた貝]
鰻の幼魚でも、今述べた蛙の「おたまじやくし」でも、一度大きかつたものが生長と共に縮むのは何故かといふに、これは決して身體の生きた物質が減少するわけではなく、單んに水分が減るだけである。生長とは關係のないことではあるが、動物の體が水を吸うて大きくなり、水を吐いて小さくなることは常に見るところで、淺い海底の砂のなかに居る「つめた貝」なども、體を伸ばして居る所を見ると頗る大きくて、これが如何にして小さな貝殼の内へ引き込まれ得るかと、實に不思議に堪へられぬ。しかるにこれを手に取ると、貝の柔い身體からは恰も濡手拭でも絞るときの如くに、盛に水が滴り落ち、水が出ただけ體が小さくなつて、終には始の何分の一かに縮み、容易に貝殼の内に收まつてしまふ。鰻や不思議蛙が初め生長と共に小さくなるのは、決してかく急激に水を失ふのではないが、漸々水分を減じさへすれば、眞の生活する物質は殖えながら、外見上の體の大きさを縮めることは出來る。そして、幼兒に特に多量の水分を含むのは何のためかといふに、これは恐らく、體を大きくするか、又は體を透明にするためであつて、いづれにしても種族の生存上、特に幼兒にその必要があるからであらう。幼兒と親との生活狀態が違へば、食ふべき餌も防ぐべき敵も、それぞれ違ふであらうから、幼蟲にはこれに對する特殊の裝置がなければならぬ。海産の「びいどろうを」には親鰻の知らぬ敵があつて、その攻擊を免れるために特に體の透明なるべき必要があり、不思議蛙の「おたまじやくし」には、陸上の親とは違うた餌を食ふためか敵を防ぐためかに、特に體の大なる必要があるのであらう。小學校の一年生の身體が大人の二倍もあり、五年生の頃になつて普通の子供の大きさに戻ると想像すると、實に奇妙に考へられるが、これがまた食ふため産むための便法として、その動物に取つては都合の宜しいことに違ない。
[やぶちゃん注:「つめた貝」腹足綱直腹足亜綱新生腹足上目吸腔目高腹足亜目タマキビガイ下目タマガイ上科タマガイ科ツメタガイ属ツメタガイ Glossaulax didyma 及びその近縁種。詳細は私の電子テクスト「大和本草卷之十四 水蟲 介類 光螺(ツメタガイ)」の私の注を参照されたい。]
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