歌ひとつ 立原道造 (同題異篇二曲)
歌ひとつ
――暗い心の夕ぐれに――
そして 私は だれに
そのあとめぐりあつたのだらう?
やさしく私はよびかけ 答へるやうに
やはらかな瞳は私にささやいた
知つた いくつかの おそれとをののきと
私はもうひとりではゐなかつた!
とほつて行つた たそがればかりの
とほい町々――私の心はうたつてゐた
來る日々の 夢とにほひと夜々とを
よろこびとかなしみとのしらべで‥‥
時は しづかに ながれて過ぎた
そして 私は だれに
そのあと別れたのだらう?
なぐさめもなく あきらめもなく!
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。底本では次に示す同題である「歌ひとつ」の詩篇の後に配されてある。]
歌ひとつ
昔の時よ 私をうたはせるな
慰めにみちた 悔恨よ
追憶に飾られた 物語よ
もう 私を そうつとしておくれ
私の生は 一羽の小鳥に しかし
すぎなくなつた! 歌なしに
おそらく 私は 飛ばないだらう
木の枝の向うに 靑い空の奥に
未來よ 希望よ あこがれよ
私の ちひさい翼をつつめ!
そして 私は うたふだらう
大きな 眞晝に
醒めながら 飛びながら
なほ高く なほとほく
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。底本では前に示した同題である「歌ひとつ」の詩篇の前に配されてある。]