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2015/10/17

鮎の歌   立原道造   (Ⅴ)

       Ⅴ

 

 山の中腹のそこが小高くなつてゐる「めぐりあひの丘」にまでのぼると、僕らは平らな大きい石を見つけて、そこに腰をおろした。一面に灌木のしげみばかりで叢も樹かげもなかつた。そして弱くなつた日ざしは頭の上からてりつけながら、もう暑いといふ程ではなかつた。傍らはそこで持つて來た辨當の籠をひらいた。たのしい屋外の食事をしながら、僕は少年に僕のつづけて來た旅のはなしをきかせた――暑い涸いた曠野や、古代の大きな寺院や、天蓋のうへに音樂を奏でてゐる可愛いい天女のことや、きれいな海の底まで澄んだ靑い色を。僕には全くふしぎであつた、僕はそれらのことを、銀色のかろい雲の柔毛のやうな言葉で出來てゐるフアースや若い母が夜のなかで語るメエルへンの言葉のやうにして言つたのだ。傷ついた僕が一しやう懸命に耐へることしか考へずに生きて來た日々が、優しいかろやかな水の上の音樂となつてとほいとほい昔の繪のやうなきれぎれな色どりにてらし出されたのだ。……僕は、飽きることなく語りつづけた、その海の上をてらす月の光を、泡沫を、潮のながれを、投げられた葉つぱがとまらないことを――そして僕がふたたびこの村に歸らうと思ひついた日のことを、そして僕はだれにも咎められずに、いたはられもせずに、いつか秋になつてしまつたこの村で奇妙な落着きでくらしはじめたことを……。

 少年は、方々から香のつよい草や木の葉を集めて來ると、そこが僅かなかげになつてゐる灌木のしげみの蔭に臥床をつくつた。その枕もとにはどこから摘んで來たのか梅鉢草が二花三花ほど飾られた。そして身を横たへて、少年は僕の方に向いて何か言ふと、しづかに眼をとぢた。いつの間にか彼は牧童のやうなあどけない口を心持ひらいたまますやすやと寢入つてしまつた。

 僕は籠の底から丁寧に蔽ひ隱した一束の手紙を取り出した。よみかへしもせずに、四五通づつそれに火をつけた。焰は立たなかつた、白い紙が甘たるく焦げるにほひと一しよに黑くかはつて行つた。ほてりが僕のそばをとほつて、大きな光のなかに溶けこんで行つた。……その熱のために反りかへる紙の上に、僕はしばしば見たのだ、さまざまの標(しるし)を。しかし僕の心は乾いてゐた。何かを思ひ出しながら、それはみな一樣にくろくただところどころ白つぽい鼠色をまぜた灰になつて、聞きとれない程ちひさい音を立てて消えた。――忘れるよりほかに、何が出來たらう? 鮎は死んでしまつた! なんの形見もなく。

 僕はひろいひろい景色を見た。そしてそのなかにゐる僕を見た。

 麓の落葉松林では隕石のやうにキラキラする風が笑ひながらざわめいて過ぎた。

 僕は氣のとほくなるやうにとほい地平線を見た。そこではすでに季節が移つてゐた。そして秋なのに、ただY岳ばかりは夏のころのやうに自分自身の湧き立たせた白い雲に包まれて立つてゐた、それには何かの寓意でもあるかのやうに、そしてまた何の意味もありはしないかのやうに! その場所を除いてすべての山はこまかい皺までを落着いた光のなかにはつきりと浮ばせて正しい遠近法をまもつて憩んでゐた。

 僕は足もとにきづかれた灰を杖の先につきくづした。石の上では杖は低く金屬性のひびきで鳴つた……眠つてゐた少年は眼をひらいた。

「さあ!」と僕は言つた。「もうおりよう。」――その杖の音があたかも少年を呼びおこすための合圖だつたとでもいふやうに。

 僕はもう一度僕を見た、そしてはるかな麓を見た。――あの高い高い空の色と横たはつてゐる林の色とを區別するのはだれだらうか、そしてあの陽にてりつけられた綠のうちに無限の色あひをながめるのはだれだらう!

 

[やぶちゃん注:「フアース」以下の対句から滑稽さを狙った喜劇・笑劇の意の「ファース」・「ファルス」(フランス語:farce)であろう。フランスの中世後期に流行った民衆演劇の形式の一つで当時の庶民生活を題材とした単純素朴な喜劇を指す。

「梅鉢草」ニシキギ目ニシキギ科ウメバチソウ Parnassia palustris。名は花が梅の花を思わせることに由来する。ウィキウメバチソウによれば、『根出葉は柄があってハート形』で、高さ十~四十センチメートル、花茎には葉が一枚と花を一つつける。『葉は、茎を抱いてい』て、花期は八月から十月、二センチメートルほどの『白色の花を咲かせる』。『北半球に広く見られ』、『日本では北海道から九州に分布する。山地帯から亜高山帯下部の日の当たりの良い湿った草地に生え、地域によっては水田のあぜにも見られる』。本邦では他に、同種変種のウメバチソウの高山型であるコウメバチソウ(小梅鉢草)Parnassia palustris var. tenuis が『北海道から中部地方以北の高山帯に分布する』が、『母種のウメバチソウとの違いは、コウメバチソウの仮雄しべ』(通常の雄蕊(おしべ)の葯(やく)その他が発達せず、本来の生殖機能を持たない雄しべ。仮雌蕊(かゆうずい)。本属のそれは極めて特徴的である。なか子氏のサイト「花*花・flora」のウメバチソウ 仮雄しべ・花のしくみの検証と画像が素晴らしい。必見!)が七~十一裂するのに対し、ウメバチソウの方は十二~二十二裂している点である。画像検索「Parnassia palustrisを示しておく。]

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