溢れひたす闇に 立原道造
Ⅶ 溢れひたす闇に
美しいものになら ほほゑむがよい
涙よ いつまでも かわかずにあれ
陽は 大きな景色のあちらに沈みゆき
あのものがなしい 月が燃え立つた
つめたい! 光にかがやかされて
さまよひ歩くかよわい生き者たちよ
己は どこに住むのだらう――答へておくれ
夜に それとも晝に またうすらあかりに?
己は 嘗てだれであつたのだらう?
(誰でもなく 誰でもいい 誰か――)
己は 戀する人の影を失つたきりだ
ふみくだかれてもあれ 己のやさしかつた望み
己はただ眠るであらう 眠りのなかに
遺された一つの憧憬に溶けいるために
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第七曲。]