憩らひ 立原道造
憩(やす)らひ
―― 薊(あざみ)の花のすきな子に――
風は 或るとき流れて行つた
繪のやうな うすい綠のなかを
ひとつのたつたひとつの人の言葉を
はこんで行くと 人は誰でもうけとつた
ありがたうと ほほゑみながら
開きかけた花のあひだに
色をかへない靑い空に
鐘(かね)の歌に溢れ 風は澄んでゐた
気づかはしげな恥(はぢ)らひが
そのまはりを かろい翼で
にほひながら 羽ばたいてゐた……
何もかも あやまちはなかつた
みな獵人(かりうど)も盜人もゐなかつた
ひろい風と光の萬物(ばんぶつ)の世界であつた
[やぶちゃん注:底本は昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いたが、漢字は恣意的に正字化した。「薊の花のすきな子」底本の中村氏の注によれば、道造の多くの『物語詩の中で「鮎」「アンリエット」と呼ばれている』少女、と断定されておられる。とすれば既注の関鮎子ということになる。但し、ネット上の諸評釈を見ると、これを別な女性とする見解も示されてある(例えば最後の恋人とされる水戸部アサイと道造の写真をこの詩篇を並べておられる方もおられる)。しかし、gbcm氏のブログ「Poet's Fairies」の「立原道造と関鮎子」を読むと、『彼の詩は主に軽井沢で知った幾人かの少女との短い交流を通して美しく結晶していくが、果たして彼は少女たちの内面や生活という、生身の存在に』果たしてどれほどの『関心を示した』のだろうか? と疑義を呈された上で、『「鮎の歌」を通読すると一層その疑念は深まる』と述べられ、『女優として美しかった北麗子(今井春枝)、ふくよかな人間味と意志の強さを感じさせる水戸部アサイ、そしてエリーザベトと呼ばれた横田姉妹、初恋の少女金田久子』(下線やぶちゃん)。『「おきゃんで、ひとりでいるときは思い切り寂しくなっていられる」「黄色を好む」弁護士の娘、関鮎子』といった道造と接触を持っ女性たちを挙げられた上で、『彼女たちと生活をともにしたいと真に立原が願ったとは到底思えない』と述べておられる。但し、gbcm氏は最後に『彼にとって絶対的存在であった架空の少女「アンリエット」』という女性『はほぼ関鮎子嬢であったと信じる。「愛しつくせないほど相互に愛し合っている(略)しかし彼女にはfianceがいる」と最初から別離を予定されていたこの関係は、おそらく、立原の思慕が一方的に強かった片恋に似た状態であったと推測する』。『麗子嬢ほど美しくはない。アサイ嬢ほど包容力もない。私が鮎子嬢の写真をみたのは1枚切りだが、彼女は明らかに聡明で、鋭敏で繊細な感受性を持っている、とらえどころのない女性であることがわかる』。『彼は無理矢理鮎子嬢と「アンリエット」を分離しようと試み、失敗した』。『彼の中で鮎子嬢は永遠の女性となるのであるが、それはあくまで芸術作品を創造する上での対象としての「愛」なのである』と結んでおられる。これ以上の「薊の花のすきな子」の注、否、あらゆる変名で道造の詩篇に面影を出す架空の女――芥川龍之介の称した謎の「月光の女」と同じである――についての注は、あるまいと私は思うのである。【二〇二六年五月四日表記修正】詩本文の漢字の正字変更不全があったので、修正した。]

