午後に 立原道造
午後に
ある日 悲哀が私をうたはせ
否定が 私を醉はせたときに
すべてはとほくに 美しい
色あひをして 見えてゐた
涙が頰に かわかずにあり
頰は痛く ゆがんだままに
私はそれを見てゐたのだが
すべては明るくほほゑむかのやうだつた
たとへば沼のほとりに住む小家であつた
ざわざわと ざわめき鳴つて すぎて行く
時のなかを朽ちてゆく あの窓のない小家であつた‥‥
しかし 世界は 私を抱擁し
私はいつしか 別の涙をながしてゐた
甘い肯定が 私に祈りをゆるすために
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。]
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