眠りの誘ひ 立原道造
IIII 眠りの誘ひ
おやすみ やさしい顏した娘たち
おやすみ やはらかな黑い髮を編んで
おまへらの枕もとに胡桃色にともされた燭臺のまはりには
快活な何かが宿つてゐる(世界中はさらさらと粉の雪)
私はいつまでもうたつてゐてあげよう
私はくらい窓の外に さうして窓のうちに
それから 眠りのうちに おまへらの夢のおくに
それから くりかへしくりかへして うたつてゐてあげよう
ともし火のやうに
風のやうに 星のやうに
私の聲はひとふしにあちらこちらと‥‥
するとおまへらは 林檎の白い花が咲き
ちひさい綠の實を結び それが快い速さで赤く熟れるのを
短い間に 眠りながら 見たりするであらう
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第四曲。底本では第二連二行目の「私はくらい窓の外に」が「私はいくら窓の外に」となっている。意味上、同連最後まで読んでみても「いくら」では意味が通らない。後続の諸本によって「くらい」の誤植と断じ、例外的に訂した。]