さまよひ 立原道造
Ⅸ さまよひ
夜だ――すべての窓に 燈はうばはれ
道が そればかり ほのかに明く かぎりなく
つづいてゐる‥‥それの上を行くのは
僕だ ただひとり ひとりきり 何ものをもとめるとなく
月は とうに沈みゆき あれらの
やさしい音樂のやうに 微風もなかつたのに
ゆらいでゐた景色らも 夢と一しよに消えた
僕は ただ 眠りのなかに より深い眠りを忘却を追ふ‥‥
いままた すべての愛情が僕に注がれるとしたら
それを 僕の掌はささへるに あまりにうすく
それの重みに よろめきたふれるにはもう涸ききつた!
朝やけよ! 早く來い――眠りよ! 覺めよ‥‥
つめたい灰の霧にとざされ 僕らを凍らす 粗い日が
訪れるとき さまよふ夜よ 夢よ ただ悔恨ばかりに!
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第九曲。]