生物學講話 丘淺次郎 第十六章 長幼の別(2) 二 えび類の發生
二 えび類の發生
[「いせえび」の幼蟲]
[「ナウプリウス」]
同じく變態をする動物の中でも、卵の小さい種類は卵の大きな種類に比べると子が早く孵るために、變態を餘計に經過しなければならぬことは、さまざまの動物に就いて明に見られる。「えび」類の如きもその一例で、大きな卵を産む「えび」の種類では小さな卵を産む種類に比べると、一つ次の段から變態を始める。一體甲殼類は隨分變態の著しいもので、何度も體形が變つて後に初めて成長した形に達するから、親はよく知られながら、子の全く知られて居ない場合も幾らもある。「いせえび」の如きも親の形は誰も見知つて居るが、その幼時硝子細工の如くに透明で、海の表面に浮んで居る頃の美しい姿を知つて居る人は稀であらう。また甲殼類には「えび」・「かに」の外に「船蟲」・「わらぢ蟲」・「みぢんこ」・「ふぢつぼ」など實にさまざまの形のものがあつて、これが悉く變態をするが、その出發點と見做すべき形は不思議によく一致して居る。即ち、「みぢんこ」でも「ふぢつぼ」でも、卵から孵つたばかりの幼蟲は、體は楕圓形で、腹面に必ず三對の足を具へ、これを用ゐて活潑に水中を泳ぎ廻つて居るが、他の甲殼類もすべてその通りで、發生の途中に一度は必ず三對の足を具へた、所謂「ナウプリウス」時代を經過する。「えび」類の子も無論この時代を通過するが、卵の大きな種類ではこれを卵の内で濟ませ、卵の小さな種類では孵化した後暫時この形で獨立生活をする。例へば靑森・北海道などに産する「ざりがに」と稱する鋏の大きな「えび」は、粒の大きな卵を産むが、これから孵化する子供は、「ナウプリウス」時代を卵の内で已に濟ませ、その次の段の形となつて居る。しかるに「しばえび」などでは卵が遙に小さいから、その内では漸く「ナウプリウス」の形までにより發育することが出來ず、孵化して後も暫くはその形で生活して居る。即ち卵の大きな種類では、個體の發生中に起るべき體形の變化の大部分を卵の内で濟ますから、孵化して後の變態はそれだけ少くなり、卵の小さな種類では、滋養分が早く盡きて子は早く生まれ出るから、孵化して後にそれだけ多くの變態をせねばならぬ理窟になる。これを人間の生活に比べていへば、卵の内の滋養分は恰も子供の學資の如きもので、大きな卵を産む動物は十分な學資を遺す親、また小さな卵を産む動物は碌に學資を遺さぬ親に似て居る。學資を十分に貰うた子供は大學を卒業するまで進んで居られるが、學資の足らぬものは止むを得ず、新聞を賣つたり、牛乳を配つたりして自活しながら勉強せねばならぬ。この點からいふと、甲殼類の「ナウプリウス」のごときは一種の苦學生ともいへる。卵の大小に就いては已に前にも述べたが、種族維持の目的から見ると、いづれも一得一失があり、各種動物の生活の事情が異なるに隨ひ、大きな卵を産む方が利益になる場合もあれば、またその反對の場合もあらう。卵が大きければ、勢ひ數は少なからざるを得ぬから、それから生じた大きな完全な子が一四死んでも、種族に取って輕からぬ損失となるが、小さな卵ならば無數に産めるから、それより生じた子が百疋や二百疋死んでも、種族としては少しも痛痒を感ぜぬ。各種の動物は、卵を大きくしてその數を減らすか、卵を小さくしてその數を増すかの二途の中、一方を採るの外はないが、小さな卵を數多く産むならば、必ずいくらかの變態をせぬわけには行かず、變態をすれば、長幼の間に著しい相違が生ずる。
[やぶちゃん注:「いせえび」節足動物門軟甲綱十脚(エビ)目抱卵(エビ)亜目イセエビ下目イセエビ科イセエビ属イセエビ Panulirus japonicus 。
「ナウプリウス」ノープリウス(nauplius)幼生。甲殻類に共通する最初期の基本的な幼生の名称。「ノウプリウス」「ナウプリウス」とも音写する。ウィキの「ノープリウス」より引く。『体はまだ頭部、胸部、腹部にわかれて』おらず、そこから『多くの甲殻類はゾエア』の『時期に進む』。『分類群によってその外見はやや異なるが、三対の機能的な頭部付属肢をもっている。体は楕円形や棍棒状等さまざまであるが、前方にまず枝分かれのない第一触角、その次に二枝型の第二触角、体中央より後ろの側面にもう一対の付属肢があり、これは大顎である。これより後方の付属肢は欠如しているか原基状である』。『また、はっきりした体節は見られない。この形は、甲殻類の成体で言えば頭部の前半分に当たる。成体の頭部では、この後ろに小顎が二対あり、それに続いて胸部の体節が並んでいる』。『体の前端中央(正中線上)に一個の単眼がある。側眼と対比して中央眼と呼ばれるもののひとつである。この眼をノープリウス眼(Naupliar eye)という』。三個の『レンズとX字型をした黒や赤などの色素をもち、簡単な明暗視器の構造をしている』。『また、多くの群では変態に際して退化消失し、側眼である一対の複眼を発達させるが、ケンミジンコ・カイミジンコなどは成体にまで残り、ノープリウス眼のみで一生を過ごす』。その後、『この姿から、発生が進むにしたがって次第に体節と付属肢を増加させる。ノープリウス幼生の体の後半に付属肢のもと(原基)が形成される、ノープリウスの後期に当る段階をメタノープリウス(metanauplius)という。頭部に第一小顎と第二小顎が加わる。顎脚綱ヒゲエビ類、軟甲綱オキアミ類の一部はメタノープリウスの時期に孵化する。それ以降はそれぞれの分類群によって独特の経過を経て発生が進む』。但し、ここで丘先生が述べている内容とまさに大きく関連するのであるが、甲殻類の中でも、卵数を削減しつつ大きめに発達させたところの甲殻亜門軟甲(エビ)綱十脚(エビ)目脚目抱卵(エビ)亜目 Pleocyemata(十脚(エビ)目を二分する大きな分類群の一つで、和名で「エビ亜目」というものの、大部分のエビ類のみでなく、全ての異尾類(異尾下目)であるヤドカリ類や短尾類(短尾下目)であるカニ類も含み、逆に食用として馴染みのクルマエビなどは根鰓(クルマエビ)亜目に分類されて本抱卵(エビ)亜目に含まれない)にあっては、『ノープリウスより多くの付属肢を持つ状態の幼生が最初に現れる。それらの群は、より発生が進んだ状態(ゾエア期)に孵化するものと考えられる。つまり、ノープリウス幼生の時期を卵の中で過ごしてしまうのである。そのような群でも、卵内の発生を見れば、必ず二対の触角と大顎の原基だけが見られる時期があり、これを卵ノープリウス(egg nauplius)とよぶ』。この卵は直径五百㎛(マイクロメートル)以上の『大型で多量の卵黄を含むため、ノープリウスは卵表面に浮き彫りに姿を現すのみである』とある。
『靑森・北海道などに産する「ざりがに」』抱卵(エビ)亜目ザリガニ下目アメリカザリガニ科アジアザリガニ属ニホンザリガニ(ザリガニ・ヤマトザリガニ)Cambaroides
japonicus De
Haan, 1841 のこと。ウィキの「ニホンザリガニ」より引く(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を省略・変更した)。『日本の固有種で、北海道と北東北にのみ住む。日本に住む三種のザリガニのうち唯一の在来種であり、秋田県・大館市にある生息地が、国の天然記念物に指定されている』。『成体の体長は五〇~六〇ミリメートルほど、稀に七〇ミリメートルに達するが、アメリカザリガニ』異尾(ザリガニ)下目アメリカザリガニ科アメリカザリガニ属アメリカザリガニ亜属アメリカザリガニProcambarus(Scapulicambarus)
clarkia (Girard,
1852))『よりは小さい。体色は茶褐色で、アメリカザリガニに比べて体や脚が太く、ずんぐりしている』。『かつては北日本の山地の川に多く分布していたが、現在は北海道、青森県、岩手県及び秋田県の一道三県に少数が分布するのみである』。『なお、秋田県・尾去沢の個体群には』環形動物門ヒル綱ヒルミミズ目ヒルミミズ科『ウチダザリガニミミズ Cirrodrilus uchidai (Yamaguchi, 1932) が付着していたことから、同個体群のニホンザリガニは北海道から移入された可能性が指摘されている。また、大正時代に行われた人為移入の結果と考えられる個体群が、栃木県・日光市においても発見され』、『ある一定の条件が整えば関東圏においても生息できることが証明された』。『川の上流域や山間の湖沼の、水温摂氏二〇度以下の冷たくきれいな水に生息し、巣穴の中にひそむ。おもに広葉樹の落葉を食べる』。『繁殖期は春で、メスは直径二~三ミリメートルほどの大粒の卵を三十~六十個ほど産卵する。メスは卵を腹脚に抱え、孵化するまで保護する。孵化した子どもはすでに親と同じ形をしており、しばらくはメスの腹脚につかまって過ごすが、やがて親から離れて単独生活を始める。体長四センチメートルになるまで二~三年、繁殖を始めるまでに五年かかる。アメリカザリガニに比べて産卵数も少なく、成長も遅い』(下線やぶちゃん)。『脱皮の前には外骨格(体を覆う殻)の炭酸カルシウムを回収し、胃の中に胃石をつくる。脱皮後に胃石は溶けて、新しい外骨格に吸収される』。『伝統的な分類では、ニホンザリガニが属するアジアザリガニ属は、アメリカザリガニ科に含められている。しかし、アメリカザリガニ科が基本的に南北アメリカに産する中で、アジアザリガニ属は例外的にアジア産である』。『近年の研究によると、アジアザリガニ属は他のアメリカザリガニ科とは別系統である。アメリカザリガニ科とザリガニ科(ウチダザリガニなど)で、上位分類群のザリガニ上科を構成するが、アジアザリガニ属はそのザリガニ上科の中で最初に分岐したか、あるいはザリガニ科の方により近縁である』。『二十世紀前半までは数多く生息していた。食用や釣り餌などのほか、胃石が眼病や肺病などの民間療法の薬として使われていた。個体数が少ない現在ではほとんど食用としないが、モクズガニと同じく肺臓ジストマの一種の』吸虫綱二生亜綱斜睾吸虫目住胞吸虫亜目住胞吸虫上科肺吸虫科ベルツハイキュウチュウ『Paragonimus
pulmonalis
(Baelz, 1880) の中間宿主である。よって、食用にする際はよく加熱しなければならない』。『河川環境の悪化、採集業者の乱獲などが重なって、次々に生息地を追われた。二〇〇〇年には絶滅危惧Ⅱ類(VU)(環境省レッドリスト)に指定された。国際自然保護連合の評価は「データ不足(DD)」である』。『秋田県・大館市の桜町南と池内道下にあるニホンザリガニ生息地は、日本における生息地(自然分布)の南限であり、その保存を図る必要があるとされ、一九三四年(昭和九年)に、「ザリガニ生息地」として国の天然記念物に指定された(ざりがにハ、学術上著名ナル動物ニシテ、其ノ本州北部二産スルハ、動物地理学上興味アル事実ナリ。本生息地ハ、本種分布ノ南限ニ当タル)』。『ところが、天然記念物指定地の周辺は、昭和四〇年代に急速に宅地化が進展して、ニホンザリガニの生息環境は悪化した。二〇〇二~二〇〇三年の調査では、指定地内の一ヶ所で生息が確認され、その後も目撃情報はあったものの、二〇一二年の調査では指定地内での生息は確認されなかった。ただし、同年の調査では、市内の指定地以外の三ヶ所でニホンザリガニの生息が確認され、他の一ヶ所でも有力な目撃情報が得られている』とある。なお、お馴染みのアメリカザリガニ Procambarus(Scapulicambarus)
clarkia (Girard,
1852) も同じく、孵化した子どもは体長四ミリメートルほどで、『半透明の褐色だが、他の多くのエビ類と違って既に親と同じ形をしている。子どもは孵化後もしばらくはメスの腹脚につかまって過ごすが、最初のうちは餌をとらず、体内に蓄えた卵黄で成長』し、体長八名メートルほど『になると親から離れ』(ウィキの「アメリカザリガニ」より引用。以下も同じ)て自活を始めるのであるが、何故、丘先生は現在、広範に棲息するアメリカザリガニを挙げていかいかと言えば、アメリカザリガニは実は本書が執筆された当時、実は本邦には全く棲息していなかった新参の外来種であったからで、『日本に移入されたのは』、実に本書初版が刊行された翌年の昭和二(一九二七)年のことで、『ウシガエルの餌用として』私の住まう大船の旧『鎌倉郡岩瀬の鎌倉食用蛙養殖場(現岩瀬下関防災公園)に』二十匹『持ち込まれた』のが濫觴だからである。『その後、養殖池から逃げ出した個体が』一九六〇年頃には『九州まで分布域を広げた。ウシガエルも養殖池から逃げ出す(あるいは、故意に捨てられる)例が続出してアメリカザリガニ同様に全国各地に分布を広げたのは皮肉という他ない。日本では全国各地に分布するが、人の手によって日本に持ち込まれ分布を広げた動物だけに、分布地は都市近郊に点在』している。因みに私は幼少の頃、近所の田圃や池でバケツに一杯獲ったものだった。また(ここ以下はウィキの「ウチダザリガニ」を参照した)、引用文中にミミズの名前の頭に出た異尾(ザリガニ)下目ザリガニ科 Pacifastacus属シグナルザリガニ亜種ウチダザリガニ Pacifastacus leniusculus trowbridgii (Stimpson,
1857) という種(現在は北海道・福島県・長野県・滋賀県・千葉県・福井県での生息が確認されている)も、恐らく卵ノープリウス期を持つと思われるが、これもまた、昭和元(一九二六)年に当時の農林省水産局によって食用を目的の「優良水族移植」事業によって北海道摩周湖に移入されたものが分布を広げた、やはり外来種なのである。孰れも本家本元のニホンザリガニの生存を圧迫してる許すべからざる、人為的に齎された外来種であるということは肝に銘じておいて戴きたい。]
なほ一つ例を擧げて見るに、貝類は「はまぐり」・「あさり」の如き二枚貝でも、「さざえ」・「あかにし」などのごとき卷貝でも、大抵は目に見えぬほどの小さな卵を數多く産むもの故、その初めて孵化した幼兒は親とは全く形狀が違ひ、纖毛を振り動かして水面を泳ぎ廻り、自活しながら幾度か體形を變じた後、終に海底に沈んで、親と同じやうな形のものとなる。しかるに同じ軟體動物でも、「たこ」・「いか」の類は葡萄の粒位の大きな卵を産み、それから孵化した幼兒は初から全く親と同じ形をして居る。前の譬に當てていへば、「たこ」・「いか」の子はまづ相應の學校を卒業してから社會へ出るやうなもので、これを他の貝類の子が幼少のときから、自活のために種々の危險を冒して居るのに比べると餘程安全であるが、その代り生まれる數に於ては、他の貝類の子の無數なるに比べると、到底足許にも寄れぬ。
[やぶちゃん注:貝類の幼生は軟体動物に広く見られる幼生の形態である「ベリジャー(veliger)幼生」と呼ぶ。ウィキの「ベリジャー幼生」より引く。『被面子幼生(ひめんしようせい)とも言う。通常、トロコフォア』(trochophore:「担輪子(たんりんし)」ともいい、軟体動物や環形動物の幼生に見られる型の一つで、楕円形様の形をしており、その中央部を横断するように二列の繊毛帯が体を取り巻く。この二列の間の腹面側に口が開いており、各所に繊毛束を持つことが多い。内部は単一の体腔となっていて、消化管は体の中程側面である二つの繊毛帯の間に口が開き、そこから折れ曲がって後方に伸び、後端に肛門が開く。発生が進むに従って後方に新たな体腔が形成されるものが多く、その後、後方に殻を生じるとともに繊毛帯の部分が拡大してベリジャー幼生となる。ここはウィキの「トロコフォア」に拠った)『幼生の次の段階として見られる。その形は分類群によって多少異なるが、鰭のように広がった部分に繊毛を生やし浮遊する』。『ベリジャー幼生を生じるのは、二枚貝類、巻貝類、ツノガイ類である。その著しい特徴は、頭部から盤状、あるいは翼状に広がるように発達した面盤(velum)で』、『これはトロコフォア幼生における繊毛環の部分が拡張したものであり、その周囲に長い繊毛の列があり、それによって遊泳する。また殻を持っており、体の後半はこれに包まれる。これはトロコフォアの後期頃に後方の背面が外套膜として分化を始め、そこから分泌される。なお、トロコフォアの時期を卵内で過ごし、ベリジャーで孵化する例も多い』。『このときに生じる殻は、すでに各群の特徴を備える。例えば、二枚貝類では背面に分泌された殻は中央で二つ分かれて二枚となる。ツノガイ類では外套膜は腹面へとのびて後方全体を包み、ここに餃子の皮を包みかけたような形で殻が出来はじめる。巻貝類ではこの時点でわずかに巻いた殻が出来る。この時期の殻を原殻と言い、保存がよいものでは成体の貝殻の先端に残る。また殻の上側、面盤の腹面側の下には、この時期の後半に次第に足が形成される』。『面盤は平らに広がり、周辺に繊毛帯があって、これによって遊泳する。面盤は頭部から左右対称に広がり、おおよそ半円形の左右二葉からなる(サザエやアワビなど旧分類でいう原始腹足目の幼生時代に摂食しないものに多い)が、種によってはそれぞれがさらに前後に二葉を出して全部で四葉となり(旧分類でいう中腹足目や新腹足目のものに多い)、四葉のクローバーのような形状に展開する。さらに分かれて六葉となるものもある。幼生はこの繊毛帯で泳ぐか、一部では面盤を羽ばたくようにして泳ぐことも知られる』。『巻貝類では面盤には二列の繊毛帯がある。面盤の外周にある繊毛帯は常に同一方向へ動き、主として遊泳を司る。その内側にはより細かい繊毛帯があり、これは時に運動の方向を変え、主として摂食に関わっている。この繊毛帯は幼生の口元に続いていて、植物プランクトンなどを捕捉し、口まで運搬する。腹足類前鰓類の摂食性のベリジャー(プランクトン栄養性)ではこのようにして』三ヶ月『もの幼生期間を過ごす例もある。しかし卵黄に依存して摂食を行わない(卵黄栄養性)例もある。そういうものでは幼生の期間ははるかに短い』。『面盤は幼生の殻に引き込むように納めることが出来る。また殻の中ではこの時期に消化管の主要な原基や心臓などが作られる。そのほか、巻貝類ではこの時期のはじめからいわゆるねじれが生じ、外套腔が前方を向く』。『その後に次第に面盤が縮小し、それに前後して足が発達をはじめる。次第に底生生活に移行し、成体の形になる。二枚貝類や巻貝類ではこの間に泳ぎながら、時折足で這う、という時期があり、これを有足ベリジャー(pediveliger)という』。但し、『より発生の段階の進んだ幼生の形で生まれ、ベリジャーの姿を見せないものもある。その場合、普通は直接発生的に親に似た姿の子、つまり幼体が生まれる例が多い。この発生様式を直達発生と呼ぶ。その他、淡水産のイシガイ類では、グロキディウムという幼生が知られる。これは淡水魚の鰓や鰭に付着してから表層の組織に潜り込み、一次的に寄生生活を送る』。『巻貝類ではベリジャーの時期に殻が作られ、また足の背面に蓋も形成される。巻貝類に特徴的な体のねじれはベリジャー期の初めに行われる。頭部には眼や触角が分化し、首背面には幼生期の心臓がある。これは面盤への体液循環に役立つらしい。 変態の際には面盤は吸収されるか切り離され、幼生心臓は消失する。蓋を持たないものはこの時にこれが切り離される。 前鰓類のいわゆる広義のウミウシ類では、変態時に幼殻を脱ぎ捨てるものと、脱ぎ捨てずに保持したまま幼体となるものがある』。『なお、有肺類の陸産種では当然ながらベリジャー幼生は生じず、孵化したものはいわゆるカタツムリの姿であるが、卵内ではベリジャーにあたる時期が見られる。この時期の胚は頭嚢というふくらんだ部分が多くを占めるが、これが面盤にあたるものと考えられている』。『二枚貝の場合、ベリジャー幼生の背面の殻は左右二枚に分かれ、全体としてDの字の形に見えるため、これをD形幼生(D-shaped larva)と言うことがある。普通はこの殻から面盤を出し、それを広げて泳ぐ』(例外有り)。以下、丘先生が挙げておられるイカ・タコの頭足類について、『軟体動物のその他の群では、明確なベリジャー幼生は生じ』ず、『頭足類の場合、非常に直接発生的になっており、卵から孵化するものはすでに親とほぼ同じ体制をもっている。胚においてもそれにあたる時期は区別できない』とある。また、『多板類、無板類では孵化したものはトロコフォア幼生であり、繊毛を持ってプランクトン生活をする。その後、繊毛帯の後方に成体の胴部にあたる構造が発達するが、その際に繊毛帯の部分が広がって発達することがない。この時期の幼生をベリジャー幼生と呼んだ例もあるが、現在では認めないのが普通である』とする。最後に、『系統的には多板類と無板類は原始的なものと考えられ、まとめて双神経亜綱に、残りの群をまとめて介殻亜綱として、前者をより原始的なものとする考えがある。この観点から見ると、ベリジャー幼生は介殻亜綱に共通するものと思われる。頭足類はベリジャーどころかトロコフォアさえその形を示さないが、直接発生になったことで発生の様相が大きく変わったものと見なせる。したがって無板類と多板類がベリジャーを生じず、トロコフォアから直接に成体の形になる点は原始的な特徴と見ることができるが、これをむしろ二次的な退行的現象と見る説もある』ともある(下線やぶちゃん)。大変、面白いではないか。]
[「かき」の幼兒]