或る風に寄せて 立原道造
Ⅰ 或る風に寄せて
おまへのことでいつぱいだつた 西風よ
たるんだ唄のうたひやまない 雨の晝に
とざした窗のうすあかりに
さびしい思ひを嚙みながら
おぼえてゐた をののきも 顫へも
あれは見知らないものたちだ‥‥
夕ぐれごとに かがやいた方から吹いて來て
あれはもう たたまれて 心にかかつてゐる
おまへのうたつた とほい調べだ――
誰がそれを引き出すのだらう 誰が
それを忘れるのだらう‥‥さうして
夕ぐれが夜に變るたび 雲は死に
そそがれて來るうすやみのなかに
おまへは 西風よ みんななくしてしまつた と
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の第二詩集「曉(あかつき)と夕(ゆふべ)の詩」冒頭第一曲。底本は標題が「Ⅰ 或る に寄せて」と脱字空欄になっているが、後続の諸本によって例外的にかく「風」を補って訂した。
以上、この詩集「曉と夕の詩」は、本「或る風に寄せて」に始まって、
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の順に配され、読まれるようになっている。]