橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(2) 昭和二(一九二七)年 二十三句
昭和二(一九二七)年
たんぽぽの花大いさよ蝦夷の夏
樺太旅行
大干潟打よす昆布そのまゝに
うとみ見る我丈ほどの女郎花
[やぶちゃん注:「樺太旅行」とあるが、多佳子が夫豊次郎と鉄道省主催の二週間の「樺太・北海道旅行」に身重で旅立ったのは大正一四(一九二五)年の七月末であるから(当時多佳子二十六歳)、この二句は旧吟の推敲形か回想吟である。]
幌内川
夏川や板ごと流るゝ大朽木
[やぶちゃん注:「幌内川」は「ほろないがは(ほろないがわ)」と読み、アイヌ語の「ポロ・ナイ」(「大きい」或いは「親の」・「川」)に由来するため、実は樺太・北海道及び東北地方に多くある川の名である。ここでは彼らの旅行が「樺太・北海道旅行」であったことから特定は出来ないが、直感的にはダイナミックに樺太の北から南へと流れる幌内川かと私は思った。この川は長さ約三百二十キロメートルで、樺太日本統治時代当時の日本にあっては利根川に匹敵する長さを誇っており、当時のソヴィエト領であった北樺太を水源とすることから日本唯一の国際河川としても知られていた(以上はウィキの「幌内川」と「幌内川 (樺太)」を参考にした)。]
麻雀をしまひし卓や冬牡丹
金屛につぼみまろさよ雛の桃
朝霧や帆あげしまゝの止り舟
灯をめぐる大蛾のかげや蚊帳くらき
[やぶちゃん注:以上、俳誌『ホトトギス』掲載分。最後の句の「灯」はママとした。実はこの年の一月号の『ホトトギス』雑詠欄で、多佳子は最初の句「たんぽぽの花大いさよ蝦夷の夏」(署名は「多加子」)で初入選している(底本年譜に拠る)。]
胸高にささげし膳や雛の前
振返へる人美しや雛の市
蜆舟いつか去りたる窓の景
笠深の笑顏幼なし蜆賣
カーテンに月の若葉のゆるゝ影
若き騎手若葉くぐりて現はれぬ
濃むらさきもぐ手そむかや茄子のつゆ
茄子もぐや草履にふみし草の丈
夏の夜や驟雨くるらし樹々の風
化粧ひしも我眉けはし夏の宵
露草や郵便まてる門の坂
夏寒しくれてつきたる山の驛
山裾や萩の見え來し海の色
ふみ入りし小笹深さよ女郎花
夏座敷客間へくゞる簾のかず
[やぶちゃん注:俳誌『天の川』掲載分。多佳子、二十八歳。]
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