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2015/10/02

譚海 卷之一 (越中國五箇莊の事 その二)

○期箇(ごか)とくりからとの際(きは)に仙人岩といふ有(あり)。その片われ三十一里外、東のあひもとと云(いふ)所のくろべ川といふ河原に有(ある)石山なり。われたる所より上のさし渡し十六間有(あり)、半腹に弘法大師の錫杖の跡とてあり。亦鳥のひづめの蹟有(あり)、赤子の足蹟もあり。此河原に沿(そひ)て山中に入(いる)事三里計(ばかり)は人跡至る所也。兩岸みな桃の花なり。それより奧へ限(かぎり)なく竹林有(あり)て、人の至りがたき所也。自然に川上より流れくる竹の筒の朽(くち)たるなど、わたり壹尺四五寸ほどなる有(あり)。井戸のかはにしたる事あり。

[やぶちゃん注:本条は「○」で始まっているが、目録には独立標題がない。前条「越中國五箇莊の事」の附録として書き、独立項としては津村は認めていなかったものかも知れない。ともかくも内容も異様にブットンでいる妖しい話ではある。

「期箇とくりからとの際」五箇山となれば「くりから」は倶利伽羅山、砺波山のことしか思われないが、現在の五箇山から砺波山までは北北西およそ八十キロメートルほど離れており、その間には砺波平野があって連続した山塊ではなく(西を大きく南に廻った砺波平野を囲む山筋ではあるものの、これを直接に「期箇とくりからとの」直に連続した山塊と表現するには無理がある)、しかもこの離れた地域の「際」という表現も理解出来ない。

「仙人岩」日本各地にこの呼称を持つ岩塊はあるが同定不能。ネット検索をかけるうち、個人サイト「山の安全対策」のメモワールの頁の、まず2013/05/28の記事「五箇山の七不思議」の中に(下線はやぶちゃん)、『五箇山の七不思議とは、「(財)五箇山合掌の里」の「お知らせ」によれば、①猫池、②人形山のひとがた、③道宗道の清水、④蓮如岩、⑤道迷いのブナオ峠、⑥仙人窟、⑦黒池であるという。人形山・道宗道・蓮如峠(蓮如岩)・ブナオ峠・黒池は踏破しているので、残るは「猫池」と「仙人窟」である。「猫池」は林道があるので容易だろう。仙人窟岳は昨年笈ヶ岳へ登った折踏破しているが、場所が違う。幻の仙人窟(せんにんいわや)すなわち「仙人の岩屋」とは桂と加須良の間の尾根の先にある。知ってる人はごく少ないだろう。画像は、五箇山古道(よしのやのブログ)に載っている』という記載を見出した。そこでその指示された記載を探してみると(リンクはない)、「よしのや」氏のぶろぐ「五箇山 古道」の仙人の岩屋を見出し得た。これも同定候補の一つではあろうが、見るからに「岩屋」というのが気になる。この「仙人岩」徒いう呼称にはランドマーク、以下の叙述に見るような異界との境としての岩塊のニュアンスを感じるからである。ところが、先の引用の中の『仙人窟岳は昨年笈ヶ岳へ登った折踏破しているが、場所が違う』とあるのが気になった。しかし、この仙人窟岳は調べてみると、石川県白山市中宮にあり、五箇山からは南西に二十キロメートル近く離れていて、「くりからの際」とはちょっとぴんとこない。するとさらに、同じメモワールの頁の頁内の2013/5/6の記事の「仙人岩の偵察」というのが眼に入った。これは『桂湖~黒池~仙人岩~大笠山~千丈平~笈ヶ岳~シンノ又』というコースであるが、まさ残雪に突き出る異様な緑色凝灰岩の岩塊の写真を見ることが出来る。地図上では確認出来ないが、この大笠山の近くに「仙人岩」がある(因みに先に出た仙人窟岳はここから笈ヶ岳を経て南南東に尾根の距離で五キロメートルは離れた位置にある)。大笠山は五箇山から西南へ十八キロメートルで最も直近の現在ネットで確認出来る「仙人岩」ではあると思う。但し、それでも「期箇とくりからとの際」という表現の謎は依然として解消されない。

「片われ」近く、附近、一帯、或いは、ある一方の意か。不審。

「三十一里」百二十一・七四五キロメートル。この数値の出るに及んで、地名の同定をすることの空しさを実感する。この距離では、北は能登半島の先端部、東北は新潟県に入り、西は長野県松本、西南は琵琶湖、南に至っては名古屋に到達してしまうトンデモ距離だからである。

「東のあひもと」不詳。五箇山の遙か東北の七十二キロメートルの現在の富山県黒部市宇奈月町に愛本という地名は現認出来る。ここはまさに直後に出る近くに「くろべ川」、黒部川が流れてはいるのである。

「河原に有石山なり」となると、前の実在する仙人岩ではないことになる。因みに、あんまり意味を感じないが、この実在する仙人岩と黒部川沿いの愛本とは直線で九十キロメートル以上離れている。

「十六間」二十六メートル。

「半腹に弘法大師の錫杖の跡とてあり。亦鳥のひづめの蹟有(あり)、赤子の足蹟もあり。此河原」この辺りは俄然、立山の地獄谷や賽の河原を髣髴とさせるのだが……。

「三里」十一・七八キロメートル。

「兩岸みな桃の花なり。それより奧へ限なく竹林有て、人の至りがたき所也」あちゃあ!……桃源郷かいな!……いやいや! 竹林となると「山窩(さんか)」の秘所(彼らは本来は定住地は持たない)か?

「自然に川上より流れくる竹の筒の朽たるなど」あちゃあ!……こりゃもう! 遠野の「迷い家(が)」やないカイ!

「わたり壹尺四五寸」四十三~四十五・四五センチメートル。これは「竹筒」であり、その「わたり」は「長さ」ではなく「直径」と採る。長さでは面白くもおかしくもない。恐ろしく太いからわざわざ書いたのである。さればこそ、それを最後に「井戸のかは」(井戸側・井戸の筒井)にしたと記しているのである。]

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