ついさっき僕がレスキュー隊を要請したこと
11時半過ぎにお隣りのおばさんが来られて、
「主人が草刈中に裏庭の斜面から落ちたので助けて欲しい。」
と言われて、大急ぎで駈けつけた。
僕らの住んでいるところは階段を上がったかなりの高台で、お隣りもそうだが、裏手は斜面の下からは5~6メートル以上は有にあるのである。しかも傾斜がきつく、おじさんの家は崖の柵などもないのである。
おじさんは40度近い急な崖のすぐ下のところで、仰向けになって蔦葛にしがみついていた。
おじさんは86歳なんだが、これがまたなかなかの巨体で、60キロ以上はあって僕より重いんである。
おじさんの近くまで降りてみたものの、されば、この傾斜で足場も不安定なために、これ、引き上げようとしても持ち上らない。
おばさんから受け取った縮緬の扱き(おばさんは茶道の先生なんである)をおじさんの右脇の下に結び付けて右腕で引き上げ、左脇の下に僕の左腕を入れて何度か試みてみたのだが、いっかな、持ち上らない。
寧ろ、おじさんがその都度、這い上がろうすると、逆に滑ってしまって、僕ももろともに落ちそうな気配さえするんである。
そこで扱きを右手で強く支え上げ、僕の左腿をおじさんに左手で掴ませた上、それをまた僕が左手で押さえ、一切動かないように告げた上で、すぐ上にいるおばさんに119番でレスキューを呼ぶように頼んだ。
およそ7分ほどしたら、消防のサイレンが聴こえてきた。
おばさんがどう言ったものか、レスキュー以外に消防車が三台も来てしまって大騒ぎとなった(らしい。私はその後も暫くおじさんを支えていた上、消防車群が着いたのは、愚かにも、私の妻が誘導で待っていた近くの短い階段の方ではなく、もう一つの別な離れた場所にある長い方の階段の下であったので、実際には私は見ていないのである)。
最初にレスキュー隊員二人が来て、落下防止帯を、まずはおじさんに附ける作業に入った。
一人が引き上げ用のであろう、
「トレイを敷きますか?」
と言葉を発したが、
「かえって、滑り落ちゃうからだめだ。」
と一方が答えた。足場が悪く(雑草が生い茂り、それがぺたりとなって滑りやすくなっていた)、斜度もあり過ぎるということなのであろう。
すると、如何にもガタイの大きいその若い方の隊員が、その今一人の先輩に、
「私一人で抱いて引き上げてみてもいいですか?」
と聴いた。
私は相変わらず黙っておじさんを支えながら、正直、内心、
――これで何なく、彼がおじさんを引き上たとしたら――少し恥ずかしいな――
という気が、しないでもなかったんである。
しかし、やはり、おじさんは重かった。
「ちょっと難しいです」
ということで、結局セオリー通り二名で引き上げた(ようだ。この頃にはぞろぞろと隊員が来て総勢7~8人にはなり、やっと私の役をその中の一人が代わってくれ、現場を離れたので引き上げの時にはそこにいなかったのである。原則、必ず二名で救出するというのは彼等の鉄則なのだそうだ)。
直に病院に搬送されるところまで家の前で見届けた。
ずっと救急が来るまで崖でおじさんと何だかんだと話をし続けたから、おじさんはどこも打ったり怪我していないと判断出来たので、そこは安心していた。
最後にレスキュー要請をした僕の判断は、
「大変正しかったです!」
と隊員の方が言って呉れたので、正直、ほっとした。
僕はといえば、20分近くおじさんを両手で支えていたので、少しばかり手が痺れた程度である。
――と――
この記事を打っている最中に、もう、病院からおじさんもおばさんも帰ってこられて、今、挨拶に来られた。
いやいや! どんど晴れじゃ!
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