眠りのほとりに 立原道造
Ⅷ 眠りのほとりに
沈默は 靑い雲のやうに
やさしく 私を襲ひ‥‥
私は 射とめられた小さい野獸のやうに
眠りのなかに 身をたふす やがて身動きもなしに
ふたたび ささやく 失はれたしらべが
春の浮雲と 小鳥と 花と 影とを 呼びかへす
しかし それらはすでに私のものではない
あの日 手をたれて歩いたひとりぼつちの私の姿さへ
私は 夜に あかりをともし きらきらした眠るまへの
そのあかりのそばで それらを溶かすのみであらう
夢のうちに 夢よりもたよりなく――
影に住み そして時間が私になくなるとき
追憶はふたたび 嘆息のやうに 沈默よりもかすかな
言葉たちをうたはせるであらう
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第八曲。中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻の脚注によれば、本詩篇は昭和一二(一九三七)年六月号『四季』に初出する。]