私のかへつて來るのは 立原道造
私のかへつて來るのは
私のかへつて來るのは いつもここだ
古ぼけた鐡製のベツドが隅にある
固い木の椅子(いす)が三つほど散らばつてゐる
天井(てんじやう)の低い 狹くるしい ここだ
ランプよ おまへのために
私の夜は 明るい夜になる そして
湯沸(ゆわか)しをうたはせてゐる ちひさい炭火よ
おまへのために 私の部屋は すべてが休息する
──私は けふも 見知らない友を呼びながら
歩き疲れて かへつて來た 街のなかを 私は けふも 疑つてゐた そして激しく渇(かわ)いてゐた……
窓のない 壁ばかりの部屋だが 優しいが
すつかり容子(ようす)をかへてくれた……私が歩くと
ここでは 私の歩みのままに 光と影すら 搖(ゆ)れてまざりあふのだ
[やぶちゃん注:底本は昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いた。]