風のうたつた歌 風はあらしを夢みはじめた 立原道造
風のうたつた歌
風はあらしを夢みはじめた
その一
ああ眼(め) この眼は 外をさまよつた
ものの上に もののまはりに
拾ひあげるのは歌だつた ほほゑむだ
この眼は内を観なかつた
すなほなれと祈り
のどかなれと祈り
低く 低くさまよつた
ああ眼 立ち上れ
立ち上れ
お前を造つた者の手にまで
燃えあがり流れひそめた空にまで
その二
私はひとりでしづかであつた
草原を信じてゐた
私は花を愛しつづけた
しあはせを知つてゐた
ちひさな ちひさな
私は みんななくしたと
砕けたいのだ いらだちたいのだ
苦しみ 逞(たくま)しく 昏(くら)く
咽喉(のど)は吠(ほ)えよ
咽喉は喚(わめ)け
私はひとりで信じてゐた
平野を愛した ちひさな ちひさな
その三
呼んでゐるのは 嵐だらうか爭ひだらうか
鷲だらうか 意志だらうか
よわよわと呼んでゐる 私の口は思ひ迷ふ
私は渦卷(うづま)き とまつてゐる うなだれる
どうにかしたい これが己だと信じたい
その四
手はしなしなと ためらふな
手は翼となれ
雄叫(おたけ)びとなりて 空を打たう
[やぶちゃん注:底本は昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いた。]
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