失なはれた夜に 立原道造
Ⅵ 失なはれた夜に
灼けた瞳が 灼けてゐた
靑い眸でも 茶色の瞳でも
なかつた きらきらしては
僕の心を つきさした
泣かさうとでもいふやうに
しかし 泣かしはしなかつた
きらきら 僕を撫でてゐた
甘つたれた僕の心を嘗めてゐた
灼けた瞳は 動かなかつた
靑い眸でも 茶色の瞳でも
あるかのやうに いつまでも
灼けた瞳は しづかであつた!
太陽や香のいい草のことなど忘れてしまひ
ただかなしげに きらきら きらきら 灼けてゐた
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館近代デジタルライブラリーの昭和二二(一九四七)年角川書店刊立原道造「詩集 優しき歌」の画像を視認した。生前の既刊詩集「曉と夕の詩」の第六曲。新潮文庫中村真一郎編「立原道造詩集」の注解及び中公文庫「日本の詩歌」第二十四巻脚注により、初出は昭和一一(一九三六)年六月号『四季』(第十八号)で、その際の詩題は、無論、ナンバーなしで、
或る不思議なよろこびに
であった、とある。]