雨の言葉 立原道造
雨の言葉
わたしがすこし冷えてゐるのは
糠雨(ぬかあめ)のなかにたつたひとりで
歩きまはつてゐたせいゐだ
わたしの掌は 額(ひたひ)は 濕つたまま
いつかしらわたしは暗くなり
ここにかうして凭(もた)れてゐると
あかりのつくのが待たれます
そとはまだ音もないかすかな雨が
人のゐない川の上に 屋根に
人の傘の上に 降りつづけ
あれはいつまでもさまよひつづけ
やがてけぶる霧(きり)にかはります……
知らなかつたし望みもしなかつた
一日のことをわたしに教へながら
靜かさのことを 熱い晝間のことを
雨のかすかなつぶやきは かうして
不意にいろいろかはります
わたしはそれを聞きながら
いつかいつものやうに眠ります
[やぶちゃん注:底本は昭和六一(一九八六)年改版三十版角川文庫刊中村真一郎編「立原道造詩集」を用いた。]