夢の変化に就いて
8月8日に嗅球を含む前頭葉の一部挫滅により嗅覚を全喪失して二ヶ月の間、見る夢に有意な変化が起こっている。いろいろなものを嗅ごうとする夢を頻繁に見るようになった。
――ロココ風の誰も居ない宮殿の深奥の壁に据えられた大きな引き出しを引くとそこには非常に高価な匂い立つセイロンの山奥で精製された紅茶の茶葉が入っている夢――
――雨上がりの校庭のずっと向うに少女が立っている――彼女に向って歩いてゆくと陽が射してくる――濡れた地面から心地良い湿気(しっき)の匂いが立ち昇ってくる夢――
――古い木机の上に黄金(きん)色の華を一杯つけた金木犀の一枝が置かれているのを凝っと見つめている夢――
これは恐らく必死で嗅覚の記憶を保存しようとしている僕の脳の仕儀なのであろうと独りごちた。

