橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(37) 昭和三十七(一九六二)年 十六句
昭和三十七(一九六二)年
着ぶくれておのれを珠のごともてなす
三日来訪の風彦さんに独楽習ふ
独楽習ふかたくな独楽に紐まきては
[やぶちゃん注:「風彦」俳人丘本風彦(おかもとかざひこ)。後に平畑静塔の後を次いで『天狼』編集人となっている人物である。但し、年譜には「三日」ではなく、『元旦』とあり、句集「命終」にも、
元旦、丘本風彦氏来訪。独楽を習ふ。
頭をふつておのれ止らぬ勢ひ独楽
何の躊躇独楽に紐まき投げんとして
掌にまはる独楽の喜悦が身に伝ふ
掌に立ちて独楽の鉄芯吾(あ)をくすぐる
と前書する句が並ぶ。不審である。]
石段をきざみのぼりて泉あり
泉深く尼が十指のかくれなし
日輪が深く全し沼萠ゆる
つくしんぼぞくぞく泣きたければ泣く
桜日日夜は寝昼覚め生残る
[やぶちゃん注:「さくら/ひび//よはね/ひるさめ//いきのこる」と訓じておく。個人的に好きな句である。]
桜花にて昼灯つつむ死が過ぎて
生き残り万来の桜身に重く
死に遭ひしあとの重ね着桜の夜々
吾も仔猫捨てたりき戦時なりき
びしよびしよと雨雀ども巣をつくる
盲眼にこの鵜篝の炎えゐるか
盲眼を瞠る鵜篝過ぐるとき
鵜の声すその方へ手を盲鵜匠
[やぶちゃん注:この前年の底本年譜(昭和三六(一九六一)年の七月の条)に、『岐阜長良川河畔の鵜匠山下幹司邸の前庭に、誓子との師弟句碑立つ。両句共に、三十一年七月、鵜舟に乗った時の句。
鵜篝の早瀬を過ぐる大炎上 誓子
早瀬過ぐ鵜飼のもつれもつれるまま 多佳子
除幕式に、誓子、波津子、多佳子、かけい、双々子、薫ら出席。また、東京より三人の娘と三野明彦、武彦。奈良より美代子、稔』とある。山下幹司は既注。この「盲眼」の鵜匠「盲鵜匠」とはこの山下氏を指している。時に誓子満五十九、多佳子満六十二であった。
露の中われは青虫殺し殺し
[やぶちゃん注:以上、『七曜』掲載分。多佳子、六十三歳。]
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