木枯 室生犀星
木枯
「こがらしや
別れてもなほ
振りかへる」
そのひともいまはあらずよ。
どうせまけたはうんのつき
下駄(げた)を引きずりぼろを下げ
野みちを行けば
はなをは切れてゆきとなる。
*
詩集「逢ひぬれば」(昭和22(1947)年10月刊)より。昭和42(1967)年新潮社刊「日本詩人全集15 室生犀星」を底本とした。冒頭の「こがらしや別れてもなほ振りかへる」は犀星の句集「遠野集」(昭和34(1959)年3月刊)の冬の部の巻頭に、
木枯
木枯(こがらし)や別れてもなほ振り返る
で載る犀星自身の句である。私はこの「そのひと」とは芥川龍之介を指すものと解釈する。同句集の「序」(『昭和三十四年仲春』とクレジットする)には本集の墨書は昭和一二(一九三七)年冬の軽井沢とし、しかも「序」中にこの句集は『最後の句集である』と記す。そうしてこの「序」の冒頭には、
風呂桶に犀星のゐる夜寒かな
という芥川龍之介の句が配されてあるが、「序」文中にはこの龍之介の句への言及は一切ない。私が「そのひと」とは芥川龍之介だと断言するのは寧ろ、その故である。