橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(34) 昭和三十四(一九五九)年 三十六句
昭和三十四(一九五九)年
金魚繚乱中に一匹よわれるもの
[やぶちゃん注:同年年譜に『初夏、「七曜」吟行句会で、大和郡山市の郡上城趾、金魚養池等に吟行』とあるから、その折りの嘱目吟と考えてよかろう。]
真上より燭の穂のぞき燈籠流す
流燈を放つ放てば還らぬを
率ゐるものありて流燈率ゐられ
遅れたる距離遅れたる流燈ゆく
流燈に言葉托してつき放つ
二流燈互ひに明を保ちつつ
月光界万の流燈行きつぱなし
みづうみに流燈一つだにのこらず
流燈会一精霊を老婆抱く
前燈を抜かず同速流燈にて
流燈群一流燈をまぎれしめ
炎ゆることやすし一流燈焼失
すでに火を入れて流燈重きを担ぐ
密着せる二流燈を風が押す
流燈の消ゆるを冥き湖底待つ
[やぶちゃん注:ロケーション不詳。年譜からも探れない(同年八月の記載がない。多佳子には紀州田辺で見た燈籠流しの句が「紅絲」に載るが、これは十二年も前の昭和二十二年のことで古過ぎ、しかもそれは海岸際でロケーションが全く異なる)。燈籠流しが行われ、或いは当時行われており(現在は海や河川の汚染を問題とし、自治体の中には燈籠を流すことを禁じているケースもある)、しかもそれが「湖」を持つ水系であることが特異的なヒントである。識者の御教授を乞う。
以上、『天狼』掲載分。]
掌でぬぐう泥金色の独楽誕生
天駆ける凧巻向の子が駆ける
[やぶちゃん注:「巻向」「まきむく」と読み、奈良県桜井市の三輪山の北西麓一帯、巻向川流域の傾斜地を指す、「古事記」「日本書紀」「万葉集」にも出る古くからの地名。旧磯城(しき)郡纒向村。正しくは「纒向」であるが、この「まき」の原義は「牧」であったとも考えられている。三世紀頃、弥生末期から古墳前期にかけての「纒向遺跡」がある(一帯は前方後円墳発祥の地とも推定され、また、邪馬台国の中心地に比定する説があり、「卑弥呼の墓」との説もある「箸墓古墳」などの六基もの古墳がある。飛鳥から奈良時代にかけてはこの地域に市(いち)が発達し、「大市(おおいち)」と呼ばれた(以上は主にウィキの「纒向遺跡」を参考にした)。]
〆飾の家土でぬりごめ子がわめき
友禅ざらし寒水脛に嚙みつけり
鴨渡るその端(は)の鴨の羽うち急(せ)き
寒きシテ女面の裏に眼を瞠(みひら)き
薪能莚に触る地の固さ
加速度に鎌が疲るゝ豊稲穂
入日池金色重く瘦せ河骨
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「河骨」は「かうほね(こうほね)」でスイレン目スイレン科コウホネ属コウホネ
Nuphar
japonicum。和名は根茎が骨のように見えることに由来する。]
芥船水尾かきたつる秋の河
ボート漕ぐ汚れたる河搏ちたのしみ
噴水の力尽きしを風が打つ
[やぶちゃん注:以上、『七曜』掲載分。]
布晒し彩(いろ)をふみふむ冬の河
雁一連縁につながる葬の尾に
道おしへ道の一キロ短かからず
[やぶちゃん注:「道おしへ」は鞘翅(コウチュウ)目オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科ナミハンミョウ Cicindela
japonica のこと。人が近づくと一、二メートル程飛んで直ぐ着地するという行動を繰り返し、その過程で度々、後ろを振り返るような動作をする本種の習性をうまく詠み込んでいる。なお、「斑猫」全般については、私の「耳嚢 巻之五 毒蝶の事」の注で詳細を述べておいた。是非、参照されたい。]
脱穀機激しや妻もあふりあふり
地にあてて倒れ稲刈る女の鎌
黄落期天の五位鷺翼重(お)も
道仏白露欠けて何か欠け
冬滝山いで来る何を得たりしや
[やぶちゃん注:以上、『俳句研究』掲載分。多佳子、六十歳。]
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