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2015/11/04

橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(24) 昭和二十四(一九四九)年 七十五句

 昭和二十四(一九四九)年

 

虹の天よびし人の名のぼりゆく

 

風邪髪のはつれに熱き息かかる

 

旋の硝子隅々までも雪降りて

 

瀬を越えて来しかば蝶の翅荒き

 

遠くよりはや胸ひゞく寒の柝

 

[やぶちゃん注:「柝」は「たく」と読んでいよう。拍子木を打つことである。]

 

木の葉髪きぞのごとくに手にひらふ

 

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「木の葉髪」は晩秋から初冬の頃に頭髪が多く抜けることを木の葉が散るのに譬えた語で冬の季語で、「きぞ」は「昨」「昨夜」で昨日、昨夜の意。]

 

鶴来るや母の手に子のとどまらず

 

地を翔ちし寒鶴なればや羽ひくゝ

 

春の森流れを越えしより怖れず

 

旅長し雪ふる破璃を指にふき

 

夜の桜さむければつい吾にかへる

 

相寄るとき夏鹿の斑のあきらかに

 

炎天や童女毬つく歌は来ず

 

髪冷ゆるほどこほろぎの冷えゐるか

 

月と同じ冷たさまでに身の冷えて

 

鶏頭の炎ゆるを以て冬近し

 

繩跳び激し少女に冬日もどり来ず

 

[やぶちゃん注:以上、『天狼』掲載分。]

 

毛糸編む少女と隣り伊賀駛る

 

[やぶちゃん注:「駛る」「はせる」と訓じておく。]

 

藁塚が見てをり道を迷ひをり

 

師の部屋を涯とす冬の荒磯に

 

い寝むとす冬濤ちかく師にちかく

 

師を措きて冬波措きてかへるかな

 

[やぶちゃん注:底本年譜の同年の条に、『三月二十日、多佳子は堀内薫を同伴、鼓ヶ浦に誓子を訪い、薫を紹介する。二泊』とあるが、三月では季が合わない。年譜にないが、前年の終りにここを訪ねているか。鼓ヶ浦は既注であるが、現在の三重県鈴鹿市寺家町鼓ヶ浦で、伊勢湾の西岸。誓子はこの前年の十月にここに転居していた。]

 

子を禱るとき金色に枯木立

 

氷る沼郵便夫現れいそぎけり

 

寒三日月記憶そこより断ちきられ

 

祖母死にて少年狐火を怖る

 

死にければ人亡し倚れる枯木星

 

[やぶちゃん注:「枯木星」「かれきぼし」は、枯木の上に輝く星の謂いで冬の季語。]

 

霜の土死の一角の暁けはじむ

 

紅(べに)さして大寒の日の身をまもる

 

[やぶちゃん注:「大寒」(だいかん)は二十四節気の最後で旧暦の十二月中であるが、現行の新暦では一月二十日頃に相当する。但し、期間としてならば次の節気の立春までの、新暦一月二十日から二月三日までを指す。]

 

月光にありし蝶ゐず岩明くる

 

月光が死蝶を照らす岩と共に

 

凩や老婢の寝丈よこたはる

 

[やぶちゃん注:「寝丈」聴かぬ語であるが、布団に包まった伸びた寝姿の意で、「ねだけ」と訓じているのであろう。]

 

抛りあげし蜻蛉翔りてすぐ落ちぬ

 

藤懸るを天より地まで見下ろしぬ

 

春日や墓地に在ればめつむりても墓地

 

[やぶちゃん注:「春日」は「しゆんじつ(しゅんじつ)」と音読みしていよう。にしても、中も下も、ひどい破調である。]

 

桜吹雪どこまでも夜の地(つち)平ら

 

何訴ふる桜の幹を猫爪搔(つまが)き

 

老いし髪ゆたかに花も散らさずに

 

思ひ出す燕はみんなこちら向く

 

一歩にて春潮荒らぶ艀の身

 

[やぶちゃん注:「艀」老婆心乍ら、「はしけ」と読む。「艀舟(はしけぶね)」の略で、河川や港湾などに於いて大型船と陸との間を往復して貨物や乗客を運ぶ小舟。船幅が広く、平底で、見た目、舟というより、毛の生えた筏みたようなものである。]

 

夏濤にま向ふ吾はいつまで在る

 

黴の身に一片の香薫きこむる

 

蝶三つもつれ落ち来る三つは悲し

 

[やぶちゃん注:理窟を捏ねる気はなく、その感覚にひどく惹かれる句である。]

 

母ゆ享けし普門品黴たちのぼる

 

[やぶちゃん注:「ゆ」上代の格助詞で「~より」「~から」の意。言わずもがな乍ら、「普門品」は「ふもんぼん」で、法華経第二十五品の観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんほん)の略称で通称、観音経と呼ぶ。]

 

蟇闇に女あるじは句を案ず

 

[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「蟇闇に」は「ひき/やみに」で、「蟇」蛙の居る気配、それが庭の「闇に」ある、その「闇」の夜「に」、である。]

 

わが通りすぐとき沼に銀河あり

 

   郡山古城跡

 

いかなる日も古城は悲し青蜥蜴

 

古城といふ美しきもの崖に蜥蜴

 

[やぶちゃん注:「郡山古城跡」恐らく、奈良県大和郡山市の郡山(こおりやま)城跡であろう。豊臣政権の中初期には秀吉実弟羽柴秀長の居城で、その領国であった大和・紀伊・和泉百万石の中心地であり、江戸時代には郡山藩藩庁が置かれた(十七世紀初頭に領主増田長盛が改易された後、一時廃城となったが、水野勝成入封時に徳川幕府よって改修を受けている)。参照したウィキ郡山城によれば、城跡は明治一四(一八八一)年に旧郡山中学校の校舎が二ノ丸に、旧郡山園芸高校が麒麟曲輪に建設されるなどして大きく姿を変え、長らく城跡としては荒廃していたが、昭和三五(一九六〇)年に本丸と毘沙門曲輪が奈良県指定史跡となり、その後、昭和五八(一九八三)年に追手門が、翌年に追手東隅櫓が、昭和六二(一九八七)年には追手向櫓が市民の寄付などによって復元され、ニュース記事によれば現在、二〇一三年より天守台の修復が進行中で、来年二〇一六年末には完成予定とある。多佳子が訪れたのはまさに、その放置荒廃の末期(郡山城の発掘調査が始まったのは昭和五四(一九七九)年以降)であったものと思われる。]

 

土用粥たぎらせ老婦かたくなに

 

[やぶちゃん注:「土用粥」夏負け防止の土用丑の日の食伝承は数多いが、熱暑に弱った体や胃にはしっかり熱を加えたあつあつ粥はまた、安全で優しかろう。平凡社「世界大百科事典」の「土用」には、この日に『静岡市にはユリの根を入れた土用粥を食べる所もある』とある。]

 

祭笛里居の老婦はや帰れ

 

螢籠一夜に人の遠くなる

 

河渡る夏野騎(の)り来し迅さもて

 

秋の蝶くきくきとわが髪を過ぐ

 

[やぶちゃん注:「くきくきと」動きがしっかりとしたパターンを持っている感じを表現したオノマトペイアであろう。]

 

秋ふたゝび黄蝶に逢ふ瞼やせ

 

   夫十三回忌

 

海近く一本の曼珠沙華流る

 

[やぶちゃん注:夫豊次郎(昭和一二(一九三七)年没。享年五十歳)の祥月命日は九月三十日。]

 

雨の鵙姿を見せて啼き去れり

 

夕炉火を激しく焚かむ吾とがめそ

 

いのちなき斑猫(はんめう)の身の彩(いろ)湛え

 

[やぶちゃん注:「斑猫」既注であるが再掲する。鞘翅(コウチュウ)目オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科ナミハンミョウ Cicindela japonica 、所謂、ミチオシエ(道教え)である。背部の彩りが多色で華やかであり、しかもそれが金属的な光沢を持っていて見た目の印象が美しいく、昆虫愛好家の間では日本で最も美しい昆虫とさえ言われる。別名は、人が近づくと一、二メートル程飛んで直ぐ着地するという行動を繰り返し、その過程で度々、後ろを振り返るような動作をする本種の習性に基づくも。なお、「斑猫」全般については、私の「耳嚢 巻之五 毒蝶の事」の注で詳細を述べておいた。是非、参照されたい。]

 

風花ぐせその時いつも鶲ゐて

 

[やぶちゃん注:「風花ぐせ」の「風花」「かざはな」「かざばな」は、晴天にちらつく小雪片で、降雪地から山を越えて風に吹かれて飛来してくる小雪を指し、冬の季語である。「ぐせ」はいつもそのようなかんじになることをことを意味する「癖」を接尾語的に用いてそれが濁音化したものと採る。またぞろ、風花がちらついてきそうな気配がすることの謂いと採るということである。大方の御批判を俟つ。

「鶲」は「ひたき」。スズメ目スズメ亜目スズメ小目ヒタキ上科ヒタキ科 Muscicapidae に属するヒタキ類を広く指すが、冬の嘱目吟からは同ヒタキ科(ツグミ科 Turdidae ともする)ジョウビタキ Phoenicurus auroreus か。]

 

身を入れて霧の燈の輪のあたゝかく

 

うろこ雲煙一筋つき上ぐる

 

路線よぎる誰の肩にも鱗雲

 

祭太鼓雨は激しく子をうつて

 

月光にわが息ばかりあたゝかく

 

驟雨の香少年の香のバス駛る

 

[やぶちゃん注:「駛る」ここも「はせる」と訓じておく。「はしる」でも通るが、何か生理的に痩せた感じがして好きでない。]

 

青髪をずたずたにしていなびかり

 

真紅のばらゆるされて折るはゞからず

 

三日月の地の涯死なは逢ふ夫(つま)か

 

童子林檎嚙る冬日を落しつゝ

 

繩跳びはげし少女冬日を炎したり

 

[やぶちゃん注:「炎したり」「もやしたり」と訓じたい。]

 

ふたり子へ二つの愛や菊赤黄

 

高架ゆく汽車はつきりに時雨る街

 

[やぶちゃん注:以上、『七曜』掲載分。]

 

虫干や美しき帯長く重く

 

愛さるゝ如油虫ひかり飛ぶ

 

[やぶちゃん注:この句、その感覚の希有に乾杯!

 以上、『現代俳句』掲載分。]

 

わが前にうしろに野火の炎えて見よ

 

[やぶちゃん注:これは底本に『「短冊」より』とする一句である。多佳子らしい一句である。多佳子、五十歳。]

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