橋本多佳子 生前句集及び遺稿句集「命終」未収録作品(26) 昭和二十六(一九五一)年 百十二句
昭和二十六(一九五一)年
雪つぶて手ごたへあつて手がしびる
初蝶の宙にて風につきあたる
地に降りしばかりに蝶の翅汚る
雨激し鶯啼くをやめられず
群衆をぬけ出る花火旺んなとき
一木の落葉はげしくちかよれず
地に着きし前の絮のふたたび飛ぶ
地の窪の木の実ら共に日を失ふ
冬雲雀野の池に雲ぎつしりと
鶴群れ鳴く見ればわが頭(づ)も雪ふれる
深雪の下水一徹に鳴りつゞけ
前田旧邸にて
廃園に立つ雛の日の笹さはぐ
[やぶちゃん注:「前田旧邸」不詳。]
鍵入れて雪の鉄扉の裡ひゞく
雉子鳴くや林中に応へるものなく
旅によごれ雪解光りを身に反す
僧身のさへぎる修二会の油火のび
星なくて修二会の闇の天へつゞく
恋猫に山の月光小枝もかくさず
水中に梳らるゝ洗髪
よるひるの枕や夜は地虫啼く
[やぶちゃん注:「地虫啼く」で秋の季語。その鳴き声の正体は直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae の螻蛄(けら)類の、土中で「ジー」と鳴く声であり、古くは俗に「蚯蚓(みみず)が鳴く」と誤認して言われた。]
睡りを待つ地虫のこゑのとぎれもせず
流れに髪浸けて濯ぎて畏れもなし
星集りて梅の莚の上通る
梅莚星を疎らに北の天
電光の触れて消えたるガラスのかけら
滴りのつよさ一壺を満たしくる
夏たんぽゝ手をつけば濤とゞろけり
硬山(ぼた)燃ゆ短夜を寝ねばならず寝る
[やぶちゃん注:「硬山(ぼた)」ボタ山。石炭類の採掘に伴って生ずる捨石(ズリ/ボタ)を捨てた山状を呈した集積場で、特に「ボタ(山)」九州の炭坑での呼称である。これはウィキの「ボタ山」を参照されたいが、因みにそこにも『捨石の中には石炭分が多く含まれることがあるために自然発火することがある』とあるように、そうした景を多佳子は詠んでいるのである。私は中学二年の頃、松本清張の短編「火の記憶」を読んで鮮烈なその映像を幻覚して以来、ずっとこのボタ山の火が自身の経験のように心に刻まれていることを告白しておく。なお、この年譜にはこの年の夏(「短夜」)に福岡に多佳子が行った事実はない。五月に博多で開催された「天狼」三周年記念博多大会に出席し、旧師杉田久女(死後五年)の詠んだ遠賀川などを巡っているが、季が合わない。]
薔夜崩る激しきことの起る如
旅の歩
旅の歩をどんたくしやぎりに切替へる
[やぶちゃん注:「しやぎり」祭りにあって行列が練って行く途中で笛・太鼓・鉦 (かね) などが奏するお囃子或いはその集団を指す。むろんここは五月三日と五月四日(前注参照)に催される博多どんたくのそれである。]
干梅に星がかがやく明日(あす)も生きる
破れ蝶身を以つて高さ持しにけり
水汲女ゐていなづまを浴びどほし
啞蟬のとぶとき不幸見られたる
炎天来る車輪の音にさへ負ける
ほととぎす楽しき顔にかへりたり
洗ふ髪流れにつけてすぐなびく
K氏夫人に数年振りにて会ふ
老いともに西日の電車に袖が透き
[やぶちゃん注:「K氏夫人」不詳。]
何処へかへる群集天の花火轟き
紅毛の子に桔梗の花ゆだねる
一本の桔梗が立つ不幸の中
秋風に身の香なきまで吹かれたる
寝がへりて冥き方なるちゝろ虫
[やぶちゃん注:「ちゝろ虫」蟋蟀(こおろぎ)の古称。]
解纜や寒き船内燈を充たし
[やぶちゃん注:「解纜」複数既出既注。]
逃ぐるとき翡翠の胸緋をかくさぬ
[やぶちゃん注:「翡翠」「かはせみ(かわせみ)」でブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ Alcedo
atthis 。]
しきりに眠し蟋蟀がこゑとぎらし
寒潮を桶に充たし速歩(はやあし)となる
一羽を憎み刈田の鷺のあらそへり
[やぶちゃん注:以上、『天狼』掲載分。]
ひとり見て生きる銀漢冬もさだか
時雨日洩らすすなはち童女髪金に
紅失せず手燈(たび)向けられし梅疑(もど)き
「手燈(たび)」手灯は音で「シュトウ」と読めば、狭義には仏道修行の難行苦行の一つである、素手で脂燭(しそく) を掲げたり、掌に油を溜めて灯心を灯したりすることを指すが、ここは手燭及びその灯火である。「手(た)火(び)」とすれば読みの謂いが知れようか。「梅疑(もど)き」バラ亜綱モチノキ目モチノキ科モチノキ属ウメモドキ(梅擬)Ilex
serrata 。和名は葉や花が梅のそれらに似ることに由来する。]
七面鳥雄叫び霏々と雪疾(はや)め
[やぶちゃん注:「霏々と」は通常、雪や雨が降りしきるさまや、細かになった対象物が飛び散るさま(類似性から雲が浮かぶさまも)を形容するが、ここは疳鋭く啼き喚く七面鳥の雄叫びの目に見えぬそれに用いていて実に面白い。]
髪疼(いた)し寒星増えくるとめどなく
雪天にて鷺の細身(ほそみ)の立直る
母と子と鬼追ひしあとしかと締め
悲しきとき頭(づ)勝ちの鳰のすぐ潜る
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「鳰」は古名の「にお」で詠んでいる。無論、鳥綱カイツブリ目カイツブリ科カイツブリ Tachybaptus ruficollis のことである。]
雪解雀飛べば一方へ風つよし
野梅ばかりめつむれば昨日(きぞ)梅紅し
紅梅の無言昼となる夜となる
菜穀火燃え吾との間(あひ)の闇ひらく
笑へる雛もつとも低き階につく
[やぶちゃん注:「階」は「きさ」と訓じたい。]
四月盡病みて敷布に蟻はぢく
[やぶちゃん注:「四月盡」は「しがつじん」で、春の最後の月である、本来は旧暦三月最後の日を指す春の季語。]
人へだつともかげろふに透き透きて
粗土(あらつち)を壁がこぼせる牡丹の昼
船ありしあと春潮の隙間なし
青芦原道が断たれてなほゆくべく
薔薇を去る忘れ捨つべき世の如く
衣更さびしき崖の立てりけり
ぶんぶんが夜髪に縋る脚縺らし
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「ぶんぶんが/よがみに すがる/あし もつらし」である。]
夜髪解くや花框の香のまたつよく
[やぶちゃん注:「花框」不詳。そのまま読むなら、「はながまち」となるが、自宅の何処かの花形に化粧彫りした框(かまち)というのは私にはイメージ出来ない。当初は「花椢(はなくぬぎ)」の誤植かと思った。ブナ目ブナ科コナラ属クヌギ Quercus acutissima は同じブナ科の栗の花と同じとすればこの句は私には氷解するからである。御存じの方も多いと思うが、ブナ科クリ属クリ Castanea crenata の花の匂いには、男性の前立腺から分泌するスペルミンC10H26N4というポリアミンが含まれており、栗の花はしばしば精液の匂いと同じだとされるからである。私のこれがトンデモ解釈で、「花框」が別物であることを御存じの方は御教授あられたい。]
芍薬を嗅がむとするに咳先だつ
[やぶちゃん注:「芍薬」ユキノシタ目ボタン科ボタン属シャクヤク Paeonia lactiflora 。]
淋しさが目鼻つきぬけ夏蜜柑
[やぶちゃん注:「夏蜜柑」バラ亜綱ムクロジ目ミカン科ミカン属ナツミカン Citrus natsudaidai 。]
咳をして遠賀の芦原旅ゆけり
[やぶちゃん注:前に注した通り、これはこの年の五月に博多で開催された「天狼」三周年記念博多大会に出席し、旧師杉田久女(死後五年)の詠んだ遠賀川などを巡った際の感懐吟である。]
髪結ひて祭の坑婦昼眩しむ
青柏蛙が青きゆゑ泰(やす)し
花ジャガタラ蝶がゆきては蝶たゝす
[やぶちゃん注:「花ジャガタラ」初夏に咲くナス目ナス科ナス属ジャガイモ Solanum tuberosum の花のことと思われる。ヒガンバナの異名として「ジャガタラバナ」(愛媛)もあるが前後の句とは季が合わない。]
わが触れし激しき虹を天へ帰す
風荒らく過ぎては嬰栗を散らさずに
夏の風邪蝶に翅音のありにけり
日のひかり月の光蛇の衣(きぬ)透す
[やぶちゃん注:次の句から、「ひの ひかり/つきの ひかり じや(じゃ)の/きぬ とほす(とおす)」と読める。]
蛇の衣青槇よりおろさば砕けむ
日盛りや翅ひゞかせて蜂かへる
手花火の煙上げしを人に知らる
睡き瞳に花火の天がずり落ちる
梅筵沼より星の移りたり
九月の草野鹿没し吾ゆきて没す
[やぶちゃん注:「没し」「没す」は、私は孰れも「もつし(もっし)」「もつす(もっす)」と訓じたい。]
曼珠沙華唐招提寺すでに日なし
友食べて蟷螂斧を舐めあかぬ
[やぶちゃん注:先行する前年の「惨酷に刻たつ蟷螂雌に抱かれ」の句の私の注を参照されたい。]
一つ椅子寒き餐燈の輪を被る
小猫にて蛇も幼し闘へり
翼張り飛ぶ鵜と航(ゆ)きあひてまた冬海
かわせみの遁れんとするかくれなき
きれぎれに在りていづれも蛇の衣
[やぶちゃん注:以上、『七曜』掲載分。]
子雀とゐて身の細き母雀
扉(と)が雪に押されて開かず旅一夜
雪の上に引出され山羊の汚れはげし
日充つれど冬田毬つく処でなし
いちはやく雪白くなる崖の傷
風に波立つも氷らむとするも沼
氷解くる音立てゝより沼うとまし
旅かへる手袋片手失ひて
神戸港にて
フランス旗も貨物も曇る巣つくる鳩
[やぶちゃん注:以上、『現代俳句』掲載分。]
暁は夕暮に似て白蛾の翅
さんきらい草刈女また傷つきて
[やぶちゃん注:「さんきらい」「山帰来」で、ここでのそれは、単子葉植物綱ユリ目サルトリイバラ科シオデ属サルトリイバラ Smilax china の別称である。同種には棘が所々に生える。]
凩(こがらし)がゆきては星をかき鳴らす
秋燕の一羽一羽のつよき翼
野分渡しつまり難し濁りあふ
翡翠(かわせみ)の濃き彩(いろ)にしてとどまれず
[やぶちゃん注:「翡翠(かわせみ)」のルビはママ。歴史的仮名遣に従うなら「かはせみ」が正しい。本文句集では皆、「かはせみ」と表記してある。不審。]
別々の冬波に乗り漁舟づれ
[やぶちゃん注:「漁舟」「ぎよしう(ぎょしゅう)」と音読みしておく。無論、漁をする小舟の二艘である。]
青と赤の彩(いろ)わかれ独楽(こま)ゆるむ
何もなき冬浜誓子のひとつ燈つく
わが息のみ冬浜の暮れとどまらぬ
[やぶちゃん注:二句ともに現在の三重県鈴鹿市寺家町鼓ヶ浦の山口誓子宅を冬の遅い日暮れに独り海岸の浜辺から多佳子が遠望するという、如何にも意味深長なものである。そこは「何もなき」「わが息のみ」の心象風景としての「冬浜」であり、「誓子」の家のそれは遠くぽつんと孤「燈」としてあってある絶望的な距離感がそこに介在し、その「冬浜の暮れ」は「とどまらぬ」、「暮れ」ゆくある傾斜を「とど」めることが出来ぬと、多佳子は叫んでいる。これを意味深長と言わずして何と言おう。
以上、底本には『文庫版「海彦」より』とある。多佳子、五十二歳。]
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