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2015/11/07

露臺   北原白秋

 
 
  露臺
 
やはらかに浴(ゆあ)みする女子のにほひのごとく、
暮れてゆく、ほの白き露臺(バルコン)のなつかしきかな。
黃昏(たそがれ)のとりあつめたる薄明(うすあかり)
そのもろもろのせはしなきどよみのなかに、
汝(な)は絶えず來(きた)る夜(よ)のよき香料をふりそそぐ。
また古き日のかなしみをふりそそぐ。
 
汝(な)がもとに兩手(もろて)をあてて眼病の少女はゆめみ、
鬱金香(うこんかう)くゆれるかげに忘られし人もささやく。
げに白き椅子の感觸(さはり)はふたつなき夢のさかひに、
官能の甘き頸(うなじ)を捲きしむる悲愁(かなしみ)の腕(かひな)に似たり。
 
いつしかに、暮るとしもなき窻あかり、
七月の夜(よる)の銀座となりぬれば
靜こころなく呼吸(いき)しつつ、柳のかげの
銀綠の瓦斯の點(とも)りに汝(なれ)もまた優になまめく、
四輪車の馬の臭氣(にほひ)のただよひに黃なる夕月
もの甘き花梔子(はなくちなし)の薰(くゆり)してふりもそそげば、
病める兒のこころもとなきハモニカも物語(レヂエンド)のなかに起りぬ。
 
 

 
「東京景物詩」より。底本は昭和25(1950)年刊新潮文庫「北原白秋詩集」。

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