ほのかにひとつ 北原白秋
ほのかにひとつ
罌粟(けし)ひらく、ほのかにひとつ、
また、ひとつ‥‥
やはらかき麥生(むぎふ)のなかに、
軟風(なよかぜ)のゆらゆるそのに。
薄(うす)き日の暮るとしもなく、
月(つき)しろの顫(ふる)ふゆめぢを、
縺(もつ)れ入るピアノの吐息(といき)
ゆふぐれになぞも泣かるる。
さあれ、またほのに生(あ)れゆく
色あかきなやみのほめき。
やはらかき麥生(むぎふ)の靄に、
軟風(なよかぜ)のゆらゆる胸に、
罌粟(けし)ひらく、ほのかにひとつ、
また、ひとつ‥‥
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「邪宗門」より。底本は昭和25(1950)年刊新潮文庫「北原白秋詩集」。
「邪宗門」より。底本は昭和25(1950)年刊新潮文庫「北原白秋詩集」。