日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十五章 東京に関する覚書(19)
今日私は、伏見宮殿下から、上野精養軒へ正餐にお呼ばれした。来餐は二十一人で、殆ど全部が県知事であった。そこで私は、数年前私が長崎で曳網をした時、非常に親切にしてくれた長崎の知事にあった。私は殿下の右手に坐ったが、殿下は日本水産会の会長をしておられるので、この正餐は数ヶ月前、この委員会に向ってやった、私の講演に対するお礼なのであろうと思う。
[やぶちゃん注:「伏見宮殿下」東伏見宮依仁親王(慶応三(一八六七)年~大正一一(一九二二)年)のこと。
「私の講演」「第十九章 一八八二年の日本 大日本水産会での講演」を参照。モースは先立つ明治一五(一八八二)年七月五日に大日本水産会の招待で大日本水産会の招待で、農商務省の議事堂において「水産の緊要」と題し、欧米の水産事業と人工養殖について講演した。同会の会頭は東伏見親王であり、この折り、モースは同会の名誉会員に選ばれている。
「数年前私が長崎で曳網をした時、非常に親切にしてくれた長崎の知事」「第十六章 長崎と鹿児島とへ 長崎到着」の注で示した内海忠勝(天保一四(一八四三)年~明治三八(一九〇五)年)である。この当時もまだ長崎県令在任中であった。]
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