芥川龍之介手帳 1―10
《1-10》
〇屋上の鷄 鵜船 渡船 牛車(俵をつむ 乞食 屋上の石 山法師 路傍の卒都婆塚 橋下の童子 釣す 洗馬(三人の下人)
○布すだれ 井戸 大刀持 うつぼ 鎧函持 主人 □の下人
[やぶちゃん注:旧全集は判読不能字を含む最後の箇所を「長の下人」とする。「長」ならば村長(むらおさ)などの「をさ(おさ)」であろう。前の「主人」と同一人か。]
○鼻ををたつる人 薪をつむ馬 柳 千鳥 鳥居
○兩がはの人 扇の間より見る人 棧じきに傘さして見る人 下人のさし傘 手に下駄をはくいざり
[やぶちゃん注:旧全集は「棧しき」と濁点がなく、「いざり」は「ゐざり」である。後者は正しい歴史的仮名遣に旧全集編者が訂した可能性が高い。「ゐざり」は足腰が立たない障碍者に対する差別語で、座ったままで尻を下につけたまま、或は、膝頭で進む動作を指すラ行四段活用の自動詞「躄(ゐざ)る」の連用形が名詞化したもの。そうした者で行乞(ぎょうこつ)する者を躄乞食(ゐざりこじき)などと蔑称した。「手に下駄を」履くというのは強烈なリアリズムである。]
○土まんぢうに卒都婆四本
{岸に一人
○筏びき舟{水に三人
{はなれて新に一人
[やぶちゃん注:旧全集は「筏ひき舟」と濁点がない。底本では三箇所の「{」は三行に亙る大きな一つの「{」。「筏びき舟」とは引き綱をつけて筏(いかだ)を曳航していく舟。ここに出るように、曳航する舟の引く力が弱かったり、遡上する場合は、岸や河原にあって人力による牽引も合わせて行うのは普通であった。]
○エボシがさ 4艘つなぐ
[やぶちゃん注:意味不詳。烏帽子を四つ合わせて傘に仕立てたものか。「艘」は中・小型の船を数える数詞であるが、烏帽子の形状は船形と言え、烏帽子の数詞に用いるのは如何にも腑には落ちる。]
○窓にひさし戸 下はあじろ 築地の門
[やぶちゃん注:「あじろ」網代。ここでは檜(ひのき)のへぎ板・竹・葦(あし)などを斜め或いは縦横に組んだ垣根を指す。「築地」は「ついぢ(ついじ)」で、「築泥(つきひじ)」の転訛。土を搗き固めて造った土塀、高級なものは瓦などで屋根を葺いてある。新全集にある以下の挿絵から見ると、後者である。]
[やぶちゃん注:新全集にのみにある手書の挿絵。勝手口が描かれてある。]
○およく子兒 田中のかかし 米俵をつけた牛 大きな扇
[やぶちゃん注:旧全集は「およぐ子兒」で意味は通ずる。]
○井戸にふたあり 俵をつむ牛
[やぶちゃん注:以上は、前の《1-9》の続きとすれば、王朝物というより、鎌倉末期(高時の名が出ている)の設定の幻の作品のスケッチの可能性もある。ロケーションからは京のように思われる。]
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