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2015/12/05

近日二夢

二日前に見た夢――

僕には「青貝(あおがい)」という名の今二十代の教え子の女性がいる。
[やぶちゃん注:そんな教え子はいない。そんな姓の知り合いもおらぬ。「青貝」は青貝(螺鈿)細工のそれで、鮑・栄螺・真珠貝等の貝殻内面に真珠光沢を持つものを指す。直近で附注電子テクスト化作業をしているハーン小泉八雲の「知られぬ日本の面影」の前日のそれに「眞珠母の物品」の注で記したばかりであった。]

彼女は僕のことが好きだったらしく、今も結婚していない。
[やぶちゃん注:くどいが、実際にそんな独身の教え子はいない。]

彼女には目の見えない余命幾許もない祖母がいる。
靑貝が僕を訪ねて来て、僕に
「――祖母のために私と結婚式の真似事をして下さい――」
と懇願する。

僕は承諾してタキシードを着てウェディング・ドレスの青貝と教会で結婚式の真似事をする。
[やぶちゃん注:実際の私は結婚式を挙げておらず、タキシードを着用したことものない。]

青貝と一緒に彼女の祖母の前に二人で行き、僕は声をかけて握手をする――すると……

私の声は若き日の声に変わっていて、しかもその彼女の祖母と握手するために差し出した掌だけが、若い青年の手に変じていたのであった……

そのお婆さんは見えない目から嬉し涙を流して悦んでおられる…………

 
 

今朝の夢――

僕は昭和天皇の大葬の儀の祭詞奏上の式の場にあってその読み上げられた祝詞を一字一句洩らさぬように書き写す職務に携わっている。

[やぶちゃん注:調べてみると、新宿御苑で平成元(1989)年2月24日(1月8日改元)に執行された「大喪の礼」では祭官長を勤めた昭和天皇学友で侍従次長・掌典長であった永積寅彦氏が祭詞を読んでいる。]
 
神主の述べているその祝詞は異様に長いもので、しかもそれは暗誦されているものなのである。その前半部は僕の大学時分の友人が手掛けており、後半に入ってそれが僕の前に回されてきた。
[やぶちゃん注:実際は無論、書かれたもので、飯間浩明氏のサイト「ことばのページ」の「過ぎゆく月日も定かならで」によれば、古式の大和言葉で書かれたものであるらしい(全原文見ることは出来ないらしい)。]
 
ところが前半を見ると、漢字表記だけでその読みが全く附されておらず、これでは今上陛下と皇后さまがお読みになるのに、これでは親切でないと感じた。

しかも、誤った箇所を現今の白光沢の強い修正テープで多数直しており、筆者用の和紙に目立ってしまい、とても見苦しいのである。

ともかくも読みの振れる虞れのある表記部分には総て読みを振るべきだと僕は判断し、その作業にとりかかり出した。
 
しかし、どんどん祭詞は読み上げられてしまうのである。
 
僕は絶望的な気持ちになり乍らも、自分の脳にそれらを一字一句違わぬように記憶せねばならぬと、まさに悲愴な覚悟の中で筆を執っているのであった――(但し、毛筆でなく鉛筆であったところが如何にもちゃすかったのを覚えている)
[やぶちゃん注:この読みへのこだわりは、やはり現在進行中の小泉八雲の落合貞三郎他訳「知られぬ日本の面影」の注での僕の拘りの反映である。この電子化している底本には極めてルビが少ない。ところが、出現する地名などの中には、凡そルビを附さなければ読めない/百人が九十九人読み違える可能性の頗る高い語が頻繁に出現する(例えばあなたは、隠岐中ノ島の後鳥羽天皇の火葬塚「隠岐海士町陵」を「おきあまちょうのみささぎ」とすらすらと読めるか? 隠岐島後(どうご)にある「津井の池」の「津井」を「つい」ではなく「さい」と読めるか? 後醍醐天皇を祭神と祀る西ノ島別府の黒木神社を「くろぎじんじゃ」と読めるか? 四年前に隠岐に行く以前の僕どころか、今回電子化をするつい先日までの僕は凡そ読めなかったのである)。この夢は天皇の大葬などというご大層なシチュエーションも含め、この「知られぬ日本の面影」の「第二十三章 伯耆から隱岐ヘ」が頗る強く影響していることが、以上の僕の注から想像されるであろう。]
 

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