梅崎春生 詩 「烏賊干場風景」 /梅崎春生詩篇~了
烏賊干場風景
おれは青い海を見にきたのに
どうやらここにはないらしい
砂丘につらなる無数の干場を
歯ぐき色の潮風は吹きわたり
渚(なぎさ)にはたれもいやしない
低い家家はみんな半戸をおろし
ちぎれた漁旗がとおくで鳴っている
それにしても
かくもおびただしい磔刑(たくけい)の群
たくさんの不運な烏賊(いか)どもが
軟体を竹串でつらぬかれ
先ず眼玉からそのまますこしずつ乾いてゆく
脚をちりぢりちぢませて
するめになりかけたのもすこしはいる
なんというにおいだろう これは
やくざな蠅のように眼をぐるぐるさせて
おれは干場干場をわたってあるく
生乾きで半透明の膜になった
烏賊たちの飴色の胴なかを
海が
水銀のように重たく
かなしく くらく
ゆらゆらゆらゆら揺れていて
おれが見たのは
ただそれだけ
[やぶちゃん注:底本は昭和六〇(一九八五)年沖積舎刊「梅崎春生全集」第七巻を用いた。同底本解題によれば、昭和二四(一九四九)年一月号『文芸時代』に掲載されたものである。春生三十四歳で、この年の三月には単行本『桜島』を月曜書房より再刊している(初版は前年昭和二十三年三月大地書房刊)。
この景色は後の「幻化」を直ちに想起させるが、寧ろこれは、梅崎春生自身が桜島の海軍基地に転任となった際、枕崎で管見した原風景に、それ以前の吹上浜(「砂丘」とある)の記憶が混成されて創り上げられた幻影なのではあるまいか? とすれば――冒頭の「おれは青い海を見にきた」という「青い海」とは「桜島」冒頭や後の「幻化」の――あの坊津の風景――なのではあるまいか?
これを以って梅崎春生の詩篇電子化注を終わる。]