梅崎春生 詩 「己を語る」
己を語る
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好きなもの 酩酊 無為
嫌いなもの 子供 人混み 病気
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及ばずながら、今まで文学を捨てずに私が生きて来たのは、私の内にひそむ過大な自恃の心のせいである。
自分が Selected few であるという意識が、私の文学からの逸脱を支えつづけてくれた。
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ある人々我を目して図太しという。あるいは然らん。
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私が人に強制したり忠告したりしないのは、自分が人からそうされたくないからだ。
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自分が俗物であるという意識、どんな背徳無惨なことでもやれるという気持、これほど私を力づけてくれるものはない。
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新宿旭町など、そのような陰惨な巷で、食事をしたり、あるいたりすることに限りない喜びを感じる。昨日は、そこで煙草(キンシ)十本七円五十銭で買い、その中二本を別の男に一円五十銭でうった。
[やぶちゃん注:底本や初出その他は、前の「秋の歌」の私の冒頭注を参照のこと。
「Selected few」は「選ばれた少数」の謂い。
「新宿旭町」現在の新宿四丁目の旧称。正確には「四谷旭町」。戦後は所謂、ドヤ街であった。
「煙草(キンシ)十本七円五十銭」知られた安煙草ながら愛煙されている「ゴールデンバット」(Golden Bat)のこと。ウィキの「ゴールデンバット」によれば、太平洋戦争前後の昭和一五(一九四〇)年から戦後の昭和二四(一九四九)年までは、『「ゴールデンバット」という名称が敵性語とされたため、神武天皇の神話に基づいた「金鵄(きんし)」に名称変更された』(「日本書紀」に後に初代天皇となる神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)と戦った折り、金色の霊鵄(れいし:神霊の変じた鳶(とび)。タカ目タカ科トビ属トビ Milvus migrans)が天皇の弓に止まると、その体から発する光で長髄彦の軍兵たちの目が眩み、天皇軍が勝利することが出来たとされ、これを「金鵄」と呼んだ。ここはウィキの「金鵄」に拠った)。『戦争中にタバコ類の大幅な値上げがおこなわれると、それを題材にした唱歌「紀元二千六百年」の替え歌が作られたが、その冒頭は』「金鵄あがつて十五錢」であったとある。調べてみると、この昭和二一(一九四六)年当時の十本入り「ゴールデンバット」の定価は一円、翌年でも二円五十銭であるが、恐らくは品薄であったに違いなく、闇値は驚くべき高額であったのであろう。]

