日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第二十六章 鷹狩その他 (30) 迷子札の図
図―768
東京(他の大都会でも同様であろうが)では子供に、その着物の下に、その子の名と、家の名と、住所とを書いた小さな木の札をまとわせる。巡査は単に迷子の襟に手を入れ、この札を引き出し、そして即座にその子を心配している母親のところに返す。図768はドクタア竹中が、子供であった時に身につけていた札を示す。
[やぶちゃん注:この迷子札の「第九番官生口」というのが住所らしい(竹中の幼名はこの裏の方に記されているものらしい)が、「官生口」というが分からぬ(当時の竹中兄弟の住んでいたのは根岸(現在の日暮里)と思われる)。「竹中周則」は竹中兄弟の父であるから、「女」は妻の謂いで、「竹中ひさ」が兄弟の実母と考えられる。
「ドクタア竹中」底本では「ドクタア〔?〕竹中」と石川氏の疑問注が入る。この竹中は多出する宮岡恒次郎の兄竹中成憲(竹中八太郎 元治元(一八六四)年~大正一四(一九二五)年)であるが、明治八(一八七五)年に慶応義塾に入学、次いで東京外語学校を経て、明治一三(一八八〇)年には東京大学医学部に入学して、同二〇年に卒業後軍医を経て、開業医となっている。実弟とともにモースやフェノロサの通訳や助手を務めたことは既に注した。無論、この時はまだ医学部の学生ではあるが、英語も達者でモースも信頼しており、既に本書を書いている時点では医師(ドクター)となっているであるから、私はそれほどおかしいとは思わない。]
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