山本松谷「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」挿絵 江の島参道の図(二枚)
山本松谷「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」挿絵 江の島参道の図(二枚)
[やぶちゃん注:明治三一(一八九八)年八月二十日発行の雑誌『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」(第百七十一号)の挿絵の二枚。見開きのページにある四枚の内から当該の二枚をトリミングした(他二枚は岩本楼の図でこちらに追加掲示した)。
一枚目の丸窓のものは江の島参道の「各旅館の圖」
二枚目のものは「貝細工商店の圖」
とそれぞれにキャプションがある。
「各旅館の圖」は参道の手前海浜寄りと思われる。右側に手前から「ゑどや安五郎」(但し、本文の「其他の旅館」の項には「江戸屋忠五郎」とあって異なる。本文が正しいのであろう)「さぬきや八郎右衞門」(本文に「讃岐屋八郎右衛門」〈「衛」はママ。以下同じ〉とある)「さかひや」(本文に「さかゐや平十郎」とある)、右手には「きたむらや」(本文に「北村屋忠右衛門」とある)という旅館の看板が並ぶ。「きたむらや」側手前には泊まっている御一行の講衆を示すところの幟が無数に掛かっており、「永代講」(これは二箇所見える)「小栗講」「大山講」「神田元講」(神田元町の講中の謂いか)「信心講」などと判読出来、その上の方には御愛嬌に「風俗画報」の旗指物も出る。
「「貝細工商店の圖」の看板は奥が「貝細工販賣所」、手前のものが「名物」と上部左右にあって「貝細工おろし小賣所」とある。陳列棚にあるのは巻貝の大きいのは手前の客が吹いているように法螺貝(腹足綱吸腔目フジツガイ科ホラガイ属ホラガイ Charonia tritonis で、二枚貝は如何にも帆立貝(斧足綱翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ上科イタヤガイ科Mizuhopecten 属ホタテガイ Mizuhopecten yessoensis)のように見えるが、この時代は概ね現地調達でホタテガイ Mizuhopecten yessoensis 属は東京湾を南限とするので、恐らくは稍大きめに描かれていると考えるならば、房総半島以南に分布し、殻長さ十センチメートルほどの(大型個体もある)、驚くほど色彩変異の豊かでディスプレイ効果も高い、翼形亜綱イタヤガイ目イタヤガイ科Mimachlamys属ヒオウギガイ Mimachlamys
nobilis の類いではないかと思う。手前の店の右の棚の一番上にあるのは相模湾産の甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱ホンエビ上目十脚目抱卵亜目短尾下目クモガニ科タカアシガニ属タカアシガニ Macrocheira kaempferi か。もしそうだとすれば(そうでないとこんなところにディスプレイする価値はない)、松谷は動物、少なくとも海産動物には詳しくなく、博物画の才もこの時はなかったものと見える(当時は未だ満二十八であった)。はっきり言って貝も蟹もステロタイプでテツテ的に拙であると言わざるを得ない。]
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