梅崎春生「幻化」附やぶちゃん注 (14)~「砂浜」了
あれは寒い夜で、たしか三学期の初めであった。九時過ぎに赤提燈(ぢょうちん)の裏口から忍び出て、下宿に戻った。
松井教授に対する不潔感は、まだながく残っていた。どうしても教授の講義を聞く気がしない。で、その学期中、五郎は松井の講義に出席しなかった。学期末、五郎はとうとう落第した。実際に点数が足りなかったのか、松井教授が彼を憎んだのか、今もって判らない。もう教授も死んだ筈だし、問いただすすべはないのだ。赤提燈の一件は、三田村にも話さなかった。
少年が歯で抜いたジュースは、なまぬるかった。陽光にさらしていたのか、甘さに日向くささがある。半分ほど飲み、五郎は少年に話しかけた。
「伊作に床屋があるかい?」
「ある」
瓶から口を離して、少年は声を力ませた。
「床屋ぐらいはある!」
「ああ、そうだ」
トラックの荷台の若者との会話を思い出した。伊作の生れだと聞いた。
「近くに温泉があるそうだね」
「うん」
飲み干した瓶を、少年はていねいに松の根にもたせかけた。
「湯之浦温泉」
「近いのか」
「ちっと遠い」
少年は初めて笑いを見せた。
「自動車で行っと直ぐじゃ」
父親の職業を思い出したのだろう。陽を受けて額に汗の玉が出ている。
〈今夜はそこに泊ろうかな〉
五郎は海を見ながら考えた。立ち上ってジュースの残りを砂にぶちまける。
〈床屋に行って、さっぱりして――〉
五郎は流木の方を眺めていた。流木からの足跡がまだ残っている。きちんと並んでいるのでなく、じぐざぐに乱れている。チンドン屋の真似をしたためだ。流木の彼方の足跡は、もう定かではない。武蔵野の逃水(にげみず)のようにちらちらと、水がただよい動いているようだ。一帯を鈍い光が射している。太陽は薄い雲の中で、ことのほか巨大に見える。光が散乱するのだ。
「行こう」
五郎は瓶を捨て、少年をうながした。巨大な海と陽に背を向け、二人はゆっくりと歩き出す。
[やぶちゃん注:「学期末、五郎はとうとう落第した」梅崎春生も熊本五高で三年進級に落第してダブっている。
「湯之浦温泉」鹿児島県日置市吹上町湯之浦にある吹上(ふきあげ)温泉。別名、湯之浦温泉・伊作温泉とも呼ぶ。ウィキの「吹上温泉」によれば、単純硫黄泉で源泉温度は摂氏四十三度、『若干、硫化水素成分が含まれる』。『南薩地方、とりわけ西部の人に好まれてきた』出で湯で、『素朴な温泉街が情緒を醸し出して』おり、現在、共同浴場が七軒存在する。『詳しい歴史は分かっていないが、地元の人らは馬の洗い水としてこの湯を使っていたという。以前は伊作(いざく)温泉と呼ばれていた。多くの文人に好まれ、西郷隆盛、斎藤茂吉らが訪れたことがある。また、戦時中には特攻隊員らが最後に過ごした場所でもあり、遺品などを展示する旅館もある』とある。
「じぐざぐ」「稲妻形」「Z字形」を意味する英語“zigzag”(ズィグザグ)からの外来語であるので「ジグザグ」の表記が本来は正しい。英語“zigzag”は、フランス語に同義の“zigzag” (英語と同音)という言葉が一六八〇年に現われており、これに由来するとされるが、そのフランス語も恐らくは、同義のドイツ語の“Zickzack”(ツィックツァック)に由来するものではないかとも言われる(但し、このドイツ語が現われるのは一七〇三年からであるという。最古の使用のそれは「接近包囲」の軍事用語である)。ドイツ語由来説はドイツ語で「先端・角・櫛や鋸などの歯・ぎざぎざの刻み目・フォークなどの股の先、鹿の角の枝部分」を意味する“Zacke”(ツァック)の繰り返しに拠るという推測に基づくらしい(ここは英文の“Online Etymology Dictionary”のここの記載及び所持する各国語の辞典などに基づいた)。
「武蔵野の逃水(にげみず)のように」ここで五郎(梅崎春生)が「武蔵野」、春生が東京の原風景を出すのが興味深い(春生は人生(五十年)の五分の二近くを東京及びその近郊を住まいとした。但し、結構転々としており、底本年譜を見る限りでも、昭和二二(一九四七)年一月に恵津と結婚して最初に住んだのは豊島区要町であったが、同年十月には世田谷区松原町へ移り、昭和三十年四月には練馬区豊玉中(とよたまなか)の抽選の建売住宅に当選して転居している)。そして、それは/そこは「逃げ水」のような幻化(げんか)だったのではあるまいか?]