小野蘭山「本草綱目啓蒙」より「蝸牛」の項
[やぶちゃん注:小野蘭山(享保一四(一七二九)年~文化七(一八一〇)年)は本草学者。二十五歳で京都丸太町に私塾衆芳軒を開塾、多くの門人を教え、七十一歳にして幕命により江戸に移って医学校教授方となった。享和元(一八〇一)年~文化二(一八〇五)年にかけ、諸国を巡って植物採集を行い、享和三(一八〇三)年七十五歳の時に自己の研究を纏めた「本草綱目啓蒙」を脱稿した。これは本草一八八二種を掲げた大著で三年かけて全四十八巻を刊行、日本最大の本草学書になった。衰退していた医学館薬品会を再興、栗本丹洲とともにその鑑定役ともなっており、親しい間柄であった。後にこの本を入手したシーボルトは、蘭山を『東洋のリンネ』と賞讃した。以上はウィキの「小野蘭山」に拠る。
「本草綱目啓蒙」は厳密に言うと、明の本草学者李時珍の著になる本草学の大著「本草綱目」について蘭山が口授した「本草紀聞」を、孫と門人が整理したものである。引用に自説を加えて方言名なども記されてある。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの当該画像(リンク先は「蝸牛」の項の第一帖)を視認した。割注は〔 〕で同ポイントで示した。冒頭の地方名と異名(殆んどが漢籍からの引用と思われる)は底本では「蝸牛」以下に不規則な字空けを以って総てだらだらと繋がって記されてあるが、非常に読み難いので、一字下げで頭に総て並べた(複数呼称は一緒にした)。本文同ポイントで〔 〕で記すものは割注と区別して【 】で示した。一部の変体字や約物(「時」の意の「寸」、「シテ」の意の「乄」、「事」の意の「ヿ」など)は正字化したが、漢字はなるべく原本通りとした。また、本文を読み易するために、手前勝手に読んで、句読点と記号を適宜打ってみた。違っている箇所もあろう。安易に引用せずに、くれぐれも上記リンク先の原文に当たられ、御自分で電子化されたい。
本電子化注は私の柳田國男「蝸牛考」の資料として、急遽行ったものである。本文電子化を最優先したため、頭書などの翻刻は省略し、注も字注のみとした。また後日、注を追加する可能性はある。]
蝸牛
カタツブリ〔古名〕
マイマイツブリ〔江戸〕
マヱマヱ〔筑前〕
マイマイ〔同上遠州越前防州作州備後〕
カサパチマイマイ〔駿州〕
デヾムシ〔京〕
デムシ デブシ〔豫州松山〕
デツポロ カタヽ〔共同上吉田〕
[やぶちゃん注:「吉田」現在の愛媛県松山市内の南吉田町附近か。]
デゴナ〔勢州津〕
デバノ〔桑名〕
デイデイ〔同上松阪〕
デンデンコボシ〔和州〕
デンデンゴウ〔讚州髙松〕
デンデンムシ〔同上丸龜阿州備前〕
デンノムシ〔播州立野〕
デノムシ〔同上赤穗四國九州〕
デンボウラク〔相州〕
ヤマダニシ〔隅田川邊〕
マイボロ〔常州〕
オオボロ〔下野〕
ヘビノテマクラ〔仙臺〕
ヘビノタマクラ ツノダシムシ〔共同上〕
メンメン〔涌谷〕
[やぶちゃん注:「涌谷」現在の宮城県北部の遠田郡涌谷町(わくやちょう)。]
タマクラ〔同上〕
ダイダイムシ〔雲州〕
モウイ〔石州〕
[やぶちゃん注:「石州」は石見国の別称。]
デンガラムシ〔能州〕
クワヘヒヤウ〔隅州〕
ツンナン〔琉球〕
【一名】
瓜牛〔事物異名〕
寄居〔同上〕
書梁〔事物紺珠〕
篆壁 附蠃〔共同上〕
野螺螄〔藥性奇方〕
麦牛兒〔濟世全書〕
蝸〔典籍便覧〕
蝸舍 僕纍〔共同上〕
草螺子〔訓蒙字會〕
蝸蟲〔三才圖會〕
都馬蛇〔郷藥本草〕
海羊〔願體廣類集〕
海洋〔醫燈續焰〕
蜒蚰〔附方〕
水蜒蚰〔同上〕
※1※2
[やぶちゃん字注:「※1」=「嗁」-「口」+(へん)「虫」。「※2」=(へん)「虫」+(つくり)「侯」。]〔正字通〕
篆愁君〔清異錄〕
水牛〔盛京通志〕
冬月ハ、石間、或ハ土中ニ蟄シ、寒ヲ避、春雨ヲ得レバ、ハヒ出テ、草樹ニ上ル。天晴ル時ハ、葉下ニ隱レ懸リ、雨フル時ハ、出縁テ、新葉ヲ食フ。殊ニ香草ヲ嗜ミ、嫩芽ヲ害ス。梅雨中、卵化、一・二分ノ大サナル蝸牛、多ク出、最モ嫩苗ヲ害ス。其形、扁螺(シタヾミ)ノ如クニシテ、殻薄ク、碎ケヤスク、厴(フタ)ナシ。行時ハ、形、蛞蝓ノ如クシテ、殻ヲ背上ニ負、頭ニ兩角ヲ出ス。故ニ蝸牛ト名ツク。下ニ兩ノ短角ノ如ナル者アリ。故、保昇『有二四黒角一。』ト云。「本草原始」ニ『因二頭、有ㇾ角、負ㇾ鍋、而行一、故名二蝸牛一。』ト云。殻色、淡黄白、或ハ金色、或ハ微黒、或ハ微紫、或有黒斑點、或有黒條。其形圓ナル者ハ「ツンナン」〔琉球〕ト云、扁ナル者ハ「ヒラツンナン」〔同上〕ト云、深山ニハ極テ扁クシテ、褐毛アル者アリ。又尾髙ク出毛ナキ者アリ。「ユフガホ」ト云、其殊ニ髙キ者ハ「マキアゲユフガホ」ト云、此厚殻ナルヲ「バフツンナン」〔中山〕ト云。尋常ノ蝸牛ノ厚キ者ヲ「ヤマミナ」〔薩州竹島〕ト云、又殻厚クシテ尾尖リ斑文アリテ圓厴アル者ヲ「フタツンナン」〔琉球〕ト云。又、大木上、或ハ山中ニハ濶サ一寸餘ナルアリ。殻モ硬クシテ黒條横ニアリ、此ヲ「ヤマノクルマ」ト呼。此外數品アリ。凡、蝸牛、夏月、雨濕ニ乘シテ、髙キニ上リ、忽、晴テ乾ク時ハ、縁下ル事、能ハズシテ死ス。「大倉州志」ニ古詩、『升ㇾ髙不ㇾ知ㇾ疲。竟作二粘ㇾ壁枯一、即此物也。』ト云。
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