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2016/02/20

飯田蛇笏 山響集 昭和十四(一九三九)年 長良と紀の海

 

 長良と紀の海

 

  鵜飼

 

鵜舟並み瑞(みづ)の大嶽雲新た

 

[やぶちゃん注:「瑞の」瑞々(みずみず)しい・清らかな・美しい・目出度いの意を添える接頭辞。「大嶽」とはあるが、金華山(標高三百二十八・八六メートル)よりも対岸の岐阜市内最高峰百々ヶ峰(どどがみね:標高四百十七・九メートル)などが長良川から見える峰は他にもある。但し、後に「瑞山(みづやま)を大瀨繞りて河鹿鳴く」などの景色からは、これは金華山を指しているような感じはする。]

 

南無鵜川盆花ながれかはしけり

 

[やぶちゃん注:八月十五日の景と判る。長良川鵜飼の「岐阜市鵜飼観覧船事務所」公式サイトで確認したが、現行でも納涼鵜飼として、例えば本年二〇一六年度は盆の中日に行われる予定となっている。参考までに現行ではこの納涼鵜飼は日に二度行われており、乗合船の出舟時刻は一回目が十八時十五分・十八時四十五分・十九時十五分の三回、鵜飼は十九時三十分から二十時二十分頃まで行われ、二回目は出舟が二十時四十分一度で、鵜飼は二十一時十分から二十二時零分頃まで行われている。]

 

ぞろぞろと浪花女つれし鵜飼かな

 

[やぶちゃん注:「ぞろぞろ」の後半は底本では踊り字「〱」。関西弁の聴覚印象が句背に響く。]

 

鵜船ゆき翠黛の瀑みえわたる

 

[やぶちゃん注:「翠黛」本来は青みがかった色の黛(まゆずみ)或いは美人の眉、又は、緑にかすんで見える山色を指すが、ここは低い落差を流れ落ちる川水の色を指していよう。「瀑」は蛇笏ならば「ばく」と音読みしているように感ずる。長良川鵜飼の行われる周辺には遠望出来る落差の大きい滝はないように思われので、前の記したように、川の一部が、堰のようになっていて、そこを落ちるさまを「瀑」と呼んだと私は採る。]

 

豆も咲き鵜宿門べの蕃茄生る

 

[やぶちゃん注:「蕃茄」は「ばんか」でトマトの異名。蛇笏なら音読みしていよう。「まめもさき/うしゆくかどべの/ばんかなる」である。]

 

朝露にひたる籠の鵜影ひそむ

 

玉鵜籠朝日さし又夕影す

 

[やぶちゃん注:一日を微速度撮影した印象的な句である。]

 

並みつるゝこれの鵜籠に朝ぐもり

 

あまたある鵜籠の形(なり)のまどかかな

 

河岸沿ひに暑往寒来鵜飼宿

 

   鵜匠頭山下邸に案内され同氏の懇ろなる説明をきく

 

花活くる袂(たもと)くはへて鵜匠の娘

 

[やぶちゃん注:「鵜匠頭山下」「氏」山下幹司(明治二七(一八九四)年~昭和四〇(一九六五)年)大正から昭和の鵜匠。岐阜県出身で岐阜中学卒。大正五(一九一六)年に宮内省式部職鵜匠に任ぜられた。昭和一四(一九三九)年にサンフランシスコ万国博覧会で長良川鵜飼を世界に紹介し、岐阜市の観光の目玉に育てた長良川の名鵜匠として知られる(講談社「日本人名大辞典」に拠った)。]

 

鵜をめづる婦ら猗儺(いだ)として暑に耐ふる

 

[やぶちゃん注:「猗儺(いだ)」はなよなよとして弱々しく、しかもそれが美しいさまを指す形容詞。「あだ」とも読む。]

 

鵜の氣魄瞳の潮色にやどりけり

 

[やぶちゃん注:「瞳」は「とう」と音読みしておく。「潮色」は「しほいろ(しおいろ)」で、通常は潮目と同義で海水域で用いる語であるが、ここは水の流れの微妙な色の違いの謂い。]

 

貪婪(どんらん)の鵜が甘ゆるや老鵜匠

 

荒鵜の屎水のごとくに萩穢る

 

[やぶちゃん注:「屎」は「くそ」。糞。]

 

鵜籠出し彦丸猛き瞳の眞如

 

   註=長良第一の鵜、名づけて彦丸といふ

 

[やぶちゃん注:「眞如」「しんによ(しんにょ)」は元来は梵語「タハター」の漢訳で、在るがままに在ることを指し、仏教の存在の本質・存在の究極的な姿としての真理そのものを指す。大乗仏教では「法性」「実相」などとほぼ同義的に用いるが、ここは鵜の眼の黒く真円の中にそうした真如の実態を作者は見ているのである。]

 

のど瀨沿ひ靆く夏靄に鵜籠並む

 

[やぶちゃん注:「のど瀨」は「閑瀨」「和瀨」で、穏やかで静か、のどかな川瀬の謂いか。「靆く」老婆心乍ら「たなびく」と読む。「夏靄」夏場の地水から立ち上るもやであるが、どうも「カアイ」と音読みしているように感ぜられる。]

 

   井の口丸

 

ゆかた着の帶は錦繡鵜飼船

 

[やぶちゃん注:「井の口丸」鵜飼見物の乗合舟の船名であろう。因みに、この時代、女性は鵜舟に載ること自体が出来ず、当然、女性の鵜匠もいなかったはずである。]

 

鵜飼見の酒樽に凭り酌みそめぬ

 

[やぶちゃん注:「凭り」老婆心乍ら、「より」と読む。凭(もた)れるの意。]

 

星雲にこの山水の鵜飼船かな

 

しばらくは船の葭戸に遠花火

 

[やぶちゃん注:「葭戸」「よしど」で「葭簀(よしず)」(葦の茎を編んで作った簾)を張った船中の目隠し。]

 

半玉の帶の鈴鳴る鵜飼船

 

[やぶちゃん注:「半玉」未だ一人前として扱われていない、従って玉代(ぎょくだい:芸妓の揚げ代)も半人前でしかない若い芸者。御酌(おしゃく)。]

 

ほのくらく酒盞を洗ふ鵜川かな

 

[やぶちゃん注:「酒盞」「しゆさん(しゅさん)」と読む。盃。酒杯。]

 

轉寝(うたゝね)に鵜飼の興の夢淡し

 

日月の隱れてさむき鵜飼船

 

鵜飼見の小夜の戀路を敍しにけり

 

[やぶちゃん注:小唄か何からしいが、不学にして語られている「小夜の戀路」の物語が何か判らぬ。識者の御教授を乞う。]

 

はやり鵜に金銀の翳火籠ちる

 

[やぶちゃん注:「はやり鵜」老婆心乍ら、「逸(はや)り鵜」で勇み立つって昂奮している鵜のこと。]

 

水翳を曳くはやり鵜に鮎光る

 

驟雨迅し鵜篝りたかく又低く

 

[やぶちゃん注:「驟雨」老婆心乍ら、「しうう(しゅうう)」と読み、急に降り出して強弱の激しい変化を繰り返しながらも急に降り止む、にわか雨のこと。「夕立」の謂いでもあるが、実景の時間からは遅過ぎる。]

 

はやり鵜の篝りに映ゆる檜繩はや

 

[やぶちゃん注:「檜繩」「ひなは(ひなわ)」と読んでいよう(「火繩」と同素材で同音だがここは用途が異なる)。檜(ひのき)皮の繊維を繩状に縒り合わせて編んだ紐繩で、鵜飼の手繩や釣瓶繩に使う。鵜飼では鵜と鵜匠を結ぶ手繩の鵜匠側の長さ一丈(三・〇三メートル)分に用いる。手繩の鵜の方の端には鯨の髭製の「ツモソ」と呼ばれる長さ一尺二寸(約三十七・九センチメートル弱)の紐を繋げ、その末端を曲げて鵜の咽喉下部に縛るつける。]

 

篝り去る遊船の舳に夜の秋

 

[やぶちゃん注:「舳」は「へさき」ではなく単音「へ」で読んでいよう。]

 

篝火の翳疲れ鵜に瞬(またゝ)けり

 

金華山軽雷北に鵜飼畢ふ

 

[やぶちゃん注:「畢ふ」老婆心乍ら、「をふ(おう)」で終わるの意。]

 

舷に並むあげ鵜うつろひ水豐か

 

鵜は舷に小夜の北風吹く屋形船

 

瑞山(みづやま)を大瀨繞りて河鹿鳴く

 

[やぶちゃん注:前の本章冒頭の「鵜舟並み瑞(みづ)の大嶽雲新た」の句の私の注を参照。]

 

舷の鵜に屋形萬燈遠ざかる

 

鵜飼畢ふ水幽らみつつ翳流る

 

[やぶちゃん注:「幽らみつつ」「くらみつつ」と訓じていよう。]

 

闃として人煙絶ゆる鵜川かな

 

[やぶちゃん注:「闃として」「げきとして」と読み、静まりかえって、ひっそりとして人気(ひとけ)のないさまを言う。]

 

金華山大瀨を闇に夜の秋

 

河鹿鳴く瀨を幽(かす)かにす金華山

 

晝中は舳をふりねむる鵜舟かな

 

   四季の里 三句

 

風騷(ふうざう)の夜を水無月の館かな

 

[やぶちゃん注:「四季の里」不詳。但し、検索すると現在の岐阜県羽島郡笠松町田代藤掛地内に「四季の里広場(パターゴルフ場)」があり、そこには芭蕉の句碑があって、またここは前のロケーションの長良川からは南で近くに位置し、しかも後の句に出る木曽川の右岸でもある。]

 

木曾の瀨も暗らめる㡡に旅疲れ

 

[やぶちゃん注:「㡡」は「かや」と訓じていよう。蚊帳。]

 

寝しづみて燈影煌たる夏館

 

   紀伊路

 

和歌の浦あら南風(はえ)鳶を雲にせり

 

[やぶちゃん注:「和歌の浦」は和歌山県北部、現在の和歌山市南西部に位置する海浜を含む広域の景勝地で古来よりの歌枕でもある。ウィキの「和歌浦」によれば、現行の『住所表記での「和歌浦」は「わかうら」と読むために、地元住民は一帯を指して「わかうら」と呼ぶことが多い。狭義では玉津島と片男波を結ぶ砂嘴と周辺一帯を指すのに対し、広義ではそれらに加え、新和歌浦、雑賀山を隔てた漁業集落の田野、雑賀崎一帯を指す。名称は和歌の浦とも表記する』とあり、「万葉集」にも『詠まれた古からの風光明媚なる地で、近世においても天橋立に比肩する景勝地とされた。近現代において東部は著しく地形が変わったため往時の面影は見られない』ともある。『和歌浦は元々、若の浦と呼ばれていた。聖武天皇が行幸の折に、お供をしていた山部赤人が』、

 若の浦に 潮滿ち來れば 潟をなみ 葦邊をさして 鶴(たづ)鳴き渡る(「万葉集」巻第六(九一九番歌))

『と詠んでいる。「片男波」という地名は、この「潟をなみ」という句から生まれたとされる。また、『続日本紀』によれば、一帯は「弱浜」(わかのはま)と呼ばれていたが、聖武天皇が陽が射した景観の美しさから「明光浦」(あかのうら)と改めたとも記載されている』。『平安中期、高野山、熊野の参詣が次第に盛んになると、その帰りに和歌浦に来遊することが多くなった。中でも玉津島は歌枕の地として知られるようになり、玉津島神社は詠歌上達の神として知られるようになっている。また、若の浦から和歌浦に改められたのもこの頃であり、由来には歌枕に関わる和歌を捩ったともいわれる』とある。]

 

群燕に紀伊路の田居は枇杷熟るる

 

[やぶちゃん注:「田居」は「たゐ(たい)」と読む。田のある所、田圃であるがここは広義の田舎の意。]

 

水無月の雲斂(をさま)りて和歌の浦

 

つばめむれ柑園霽れて仔山羊鳴く

 

柑園のみち鷗翔けバス通る

 

   御坊町中吉旅館

 

夏早き燈影に濡るる蘇鉄苑

 

[やぶちゃん注:「御坊町」(ごぼうちやう)は和歌山県日高郡にあった町。現在は御坊市の中心部で日高川の右岸に相当する。和歌山県の中央部西岸の紀伊水道沿岸。「中吉旅館」は不詳。現存しないか。]

 

蘇鐡かげ聖土曜日の燈がともる

 

[やぶちゃん注:「聖土曜日」はカトリック用語で復活祭(イースター)前日の土曜日を指す。調べてみると、本パートの昭和一四(一九三九)年の一般的なイースターは四月九日(日曜)に相当したので、本句は四月八日の嘱目吟と一応比定することが可能ではあるが、前後は盛夏の句でこの日ではない。不審。識者の御教授を乞う。]

 

旅の風呂熱くて赫つと夕日影

 

尼もゐて卓の苹果に夏灯

 

[やぶちゃん注:「苹果」「ひやうくわ(ひょうか)」でリンゴの実のこと。「夏灯」「なつあかり」と訓じているか。仏前の燈明である。]

 

枇杷を攝る手の艶(なま)めきて尼僧かな

 

上布(じやうふ)きて媼肥(うばご)えしたる尼の膝

 

[やぶちゃん注:上布「じやうふ(じょうふ)」上質の麻糸で織った軽く薄い織物で、ここは夏用の高級和服。それが「媼肥(うばご)え」と響き、映像としてもっこりとした「尼の膝」にクロース・アップしてまことに面白い一句である。]

 

翼張る窓の蘇鐡に蚊遣香

 

尼すずし更闌けてさる蚊帳隱くり

 

   元の脇海岸

 

高潮に遠岬初夏の雲しろむ

 

[やぶちゃん注:「元の脇海岸」紀伊水道を挟んだ対岸である四国は徳島県阿南市中林町にある全長二キロメートルに及ぶ砂浜海岸。]

 

詠人に海女がたつきも初夏の景

 

白靴に岩礁はしる潮耀りぬ

 

濤蒼し智慧をわすれし蜑の夏

 

蜑さむく不漁(しけ)し炎暑の煙上ぐる

 

あら南風の洋白馬跳ね狆(ちん)戲(ざ)るゝ

 

[やぶちゃん注:「あらはえの//なだ/はくば/はね//ちん/ざるる」と訓じておく。]

 

   岩窟を栖とする蜑夫婦あり

 

薊咲き岩戸の暾影夏匂ふ

 

[やぶちゃん注:「暾影」何度も注しているが、「ひかげ」で、「暾」(ひ)は朝日の意。]

 

瀾掠む微雨かがやきて夏薊

 

   鮑取りを見る

 

腰繩の刀いかつくて鮑取

 

[やぶちゃん注:「刀」は「たう(とう)」と読んでいよう。]

 

潮ゆたにもぐりし蜑や油照り

 

[やぶちゃん注:「潮ゆた」不詳。識者の御教授を乞う。]

 

岩礁の瀨にながれもす鮑取

 

渦潮の底礁匐へる鮑とり

 

[やぶちゃん注:「底礁」「ていせう(ていしょう)」と音読みしておく。]

 

夏潮を出てべんべんと蜑の腹

 

[やぶちゃん注:「べんべんと」は「便便と」でここでは、太って腹の出ているさま。]

 

葦咲いて蜑の通ひ路ながし吹く

 

三伏の旅路に濤の音も愁ふ

 

[やぶちゃん注:「三伏」は「さんぷく」と読み、夏の最も暑い時期のこと。夏至の後の第三の庚(かのえ)の日を「初伏(しょふく)」、第四の庚の日を「中伏(ちゅうふく)」、立秋後の最初の庚の日を「末伏(まっぷく」と称し、この三つを合わせて言う。夏の季語。]

 

   望洋館にて

 

舟蟲に莊の花卉照る墓ほとり

 

[やぶちゃん注:「望洋館」不詳。]

 

黴雨明けの夏爐ほのかなる茶の煙り

 

[やぶちゃん注:「黴雨」「つゆ」と読む。梅雨に同じいが、どうも時系列の齟齬がこれらの句群非常にイラっとくる。]

 

舟蟲に欄の濤翳松落葉

 

[やぶちゃん注:「濤翳」強い高波に射す光に翳がちらつくことか。御で「たうえい(とうえい)」と音読みしたい。]

 

青蘆を一茎活けし夏館

 

   望洋館女將既に亡し

 

靑蘆活け婀娜の死靈を偲びけり

 

[やぶちゃん注:「婀娜」「あだ」で、女性の色っぽく艶めかしいさま、或いは美しく嫋(たお)やかなさまで、ここは前者の謂いをも匂わせた後者の謂いと採る。「死靈」「しれい」と読みたい。]

 

鯒(こち)釣るや濤聲四方に日は滾(たぎ)る

 

[やぶちゃん注:「鯒(こち)」これは魚類学的には甚だ困った呼称で、『上から押し潰されたような扁平な体と比較的大きな鰭を持った、海底に腹這いになっていることが多い(従ってベントス食性であるものが多い)海水魚を総称する』語で、参照したウィキの「コチ」によれば、どれも外見は似ているが、目のレベルでは異なる二つの分類群から構成される、とする。まず大きな「コチ」群は、カサゴ目コチ亜目Platycephaloidei に含まれる。

 カサゴ目コチ亜目

  アカゴチ科 Bembridae

  ウバゴチ科 Parabembridae

  ヒメキチジ科 Plectrogehiidae

  コチ科 Platycephalidae(代表種で真正和名とも言える本邦近海産のマゴチ Platycephalus sp. はここに含まれる)

  ハリゴチ科 Hoplichthyidae

なお、マゴチの学名が“sp.”となっているのは複数存在するからでは、ない。ウィキの「マゴチ」によれば、これは最近まで『奄美大島以南の太平洋、インド洋、地中海に分布する Platycephalus indicus と同一種とされていたが、研究が進み別種とされるようになった。ただし、まだ学名が決まっていないので、学名は"Platycephalus sp. " コチ属の一種)という表現が』なされているためである。属名Platycephalus“Platys”(平たい)+“kephalē”(頭)の意である。

 もう一つの「コチ」群は、スズキ目ネズッポ亜目 Callionymoideiに属するもので、

 ネズッポ科 Callionymidae

 イナカヌメリ科 Draconettidae

釣り人が「メゴチ(女鯒)」と称するのは、圧倒的にこのネズッポ科ネズミゴチ(鼠鯒)Repomucenus richardsonii であるが、天麩羅にして旨い「コチ」はこれであったり、先のカサゴ目コチ科メゴチ Suggrundus meerdervoortiiであったりする(「メゴチ」という標準和名は後者に与えられている)ので、ややこしや、である(但し、生体ならばネズミゴチなどのネズッポ類は体表が粘液に覆われていること、下向きのおちょぼ口で有意に小さいこと、頭部の骨板がないこと、鰓蓋に太い棘があることで全くの別種であることは容易に分かる)。魚の一般人の分類への関心が低い欧米では“gurnard”と呼び、コチ亜目ホウボウ科ホウボウChelidonichthys spinosus と一緒くたになってさえいるのである。]

 

綸(いと)吹かれ潮かゞよひて土用東風

 

[やぶちゃん注:「土用東風」は「どようごち」で、夏の終わりの土用(七月二十日頃から立秋前日まで。一般に一年中で最も暑い時期とされる)の最中に吹く東風。晩夏の季語。「綸(いと)」から前句との組み句であろう。]

 

沖通る帆に黑南風の鷗群る

 

[やぶちゃん注:「黑南風」「くろはえ」と読む。一般には梅雨の始めの強い南風を「黒南風」、梅雨間の強い南風を「荒南風(あらはえ)」、梅雨明けを予兆するように吹くそれを「白南風(しろはえ)」と呼ぶ。「白」「黒」は雲の色に由来する。しかし、ロケーションは晩夏の紀伊半島であることは確かであるから、蛇笏のこれらの海風の語の用法は厳密でない。寧ろ、名の由来の雲の色から詠じたに過ぎないと捕えた方が悩まずに済むように思われる。]

 

大瀾に南風曇りして蜑のみち

 

[やぶちゃん注:「大瀾」は「だいらん」と音読みしているか「おほなみ(おおなみ)」と訓じているか分からぬ。確信犯の佶屈聱牙の蛇笏ならばこそ「だいらん」で読みたい。大波に同じい。]

 

磯山の霖雨小歇みに蟬しぐれ

 

[やぶちゃん注:「霖雨」通常は幾日も降り続く長雨のことであるが、わざわざそれをこのシチュエーションに持ち出して輻輳させるのが好きなのは蛇笏の癖である(それが私はこの句では成功しているとは思われない。梅雨は明けたのであり、いや、今は晩夏ではないのか?!)。「小歇み」「こやみ」。小止みに同じい。]

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