青鷺
昨日の湯河原「石葉」にて
浴場の見晴臺(テラス)にて見下ろす棟の鳥衾に一抱へもあらうかといふ靑鷺の向かうを向いてとまつて居た。
汚れ切つた浮世の垢を嫌ふかの如くに時に羽繕ひをするばかりで、夕陽にただ眞向(まつかう)してゐる。
それは丁度つげ義春の描きたるやうに一種孤高の哲人にも似てゐないことはなかつた。
素裸の私はそれを見乍ら――俺もあゝありたいものだ――と獨りごちてゐた。
素裸の私はそれを見乍ら――俺もあゝありたいものだ――と獨りごちてゐた。
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昨日の湯河原「石葉」にて
浴場の見晴臺(テラス)にて見下ろす棟の鳥衾に一抱へもあらうかといふ靑鷺の向かうを向いてとまつて居た。
汚れ切つた浮世の垢を嫌ふかの如くに時に羽繕ひをするばかりで、夕陽にただ眞向(まつかう)してゐる。