ツルゲーネフ原作米川正夫譯「生きた御遺骸」(「獵人日記」より)(Ⅶ)
「ねえ、ルケリヤ、」私は遂に口を切つた。「どうだらう、一つお前に相談があるんだがね。もしなんなら、私がちやんと云ひつけて、お前を町の立派な病院へ連れて行かせるが? もしかしたらまだ癒るかも知れないぜ、そりや何とも云へない。いづれにしても、さうすればお前は獨りぼつちぢやなくなるからな‥‥」
ルケリヤはほんの心持ち眉を動かした。
「おゝ、いけません、旦那樣、」と心配さうな聲で囁いた。「病院なぞへ送らないで下さいまし、わたしに觸らないで。あんな所へ行つたら、かへつて餘計に苦しい目をするばかりですから。どうしてわたしの病氣が癒せるものですか!‥‥現にいつかもこゝへお醫者さまが來てくれまして、わたしを診察してやると仰つしやるのです。わたしはどうぞ後生ですからそつとして下さいとお願ひしましたが、なんのなんの! わたしをあつちへ向けたり、こつちへ向けたりして、手足を揉み散らしたり、伸ばしたり曲げたりしましてね。『これは學間のためにするのだ。そこが學者の務めなんだ! だから、わしに逆らつたりするのは以ての外だ。なぜかと云つて、わしは色色の仕事をした功で勳章まで頂戴した人間でな、お前たち愚かな者どものために盡くしてやつてゐるのだ。』とこんなに仰つしやいます。さんざわたしをひねくり廻しひねくり廻した擧句、病名を云はれましたが――何だか變挺れんな名前でしてね――それきり歸つてしまひました。ところが、わたしはそれから丸一週間といふもの、身體中の骨がしくしく疼いて困りましたよ。あなた樣は、わたしが獨りぼつちだ、いつも獨りぼつちだ、と仰つしやいますけれど、いゝえ、いつもさうぢやありません。來てくれる人もあります。わたしはおとなしい人間で、迷惑なぞかけませんのでね。百姓の娘達も遊びに來て、お喋りをして行きますし、巡禮の女が通りかゝつて、エルサレムだのキエフだの、いろいろな有難い町々の話をしてくれます。それに、わたしは獨りだつて怖くはありません。結局いゝ位でございます。全くの話が!‥‥旦那さま、どうかわたしをそつとして置いて下さいまし、病院なぞへお通りにならないで‥‥御親切は有難うございますけれど、たゞわたしに構はないで、もし旦那さま。」