祈り 原民喜
祈り
私は夏の数日を、その家の留守をあづかつてゐた。
広い家ではなかつたが、ひとり暮しには閑寂で、
宿なしの私には珍しく気分が落着いてきた。
ある夜ふけ、窓から月が差し、
……すると、お前と暮してゐた昔どほりの家かとおもへた。
もつと軽く もつと静かに、たとへば倦みつかれた心から新しいのぞみのひらかれてくるやうに 何気なく畳のうへに坐り、さしてくる月の光を。
[やぶちゃん注:昭和二三(一九四八)年五月号『晩夏』(季刊・足利書院)に初出。私が私の「原民喜全詩集」で底本とした一九七八年青土社刊「原民喜全集 Ⅲ」の書誌では昭和二十五年五月とするが、こちらの書誌(PDF)を見る限り、前者が正しいものと思われる。]
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