甲子夜話卷之二 1 神祖葡萄の御硯箱の事
甲子夜話卷之二 所載五十三條
2-1 神祖葡萄の御硯箱の事
世に葡萄を模樣につけたる物は武家にては忌ことなり。かの實(ミ)の生(ナリ)て降(サガ)れる狀(カタチ)を、音通にて武道成り下(サガ)ると云に當てゝ忌なり。これを古き事のやうに云人あれども、駿府に存在する神祖の御遺器の中に、御かけ硯箱の、御生前常に御坐右に置せられしあり。其御箱の模樣、葡萄の實のりたるなりと云。又或人の家に拜領の細野羽折あり。その模樣總體葡萄にて、その中に所々御紋あり。然れば世に云所は、後の世の物忌る人の言出したることにて、古き事に非ること分明なり。
■やぶちゃんの呟き
「忌」「いむ」。最後の一文の「忌る」は「いめる」。
「かけ硯箱」蒔絵掛硯箱のこと。
「細野羽折」「ほそ/のばおり」で、「野羽折」は「打裂羽織(ぶっさきばおり)」とも言い、武士が乗馬や旅行などに用いた羽織のこと。背縫いの下半分が割れ、帯刀に便利なように工夫されてある。「背裂(せさき)羽織」「背割(せわり)羽織」「割(さき)羽織」「引裂(ひっさき)羽織」も皆、同じ。ここは「細」とあるから、そのスマートなタイプのものであろうか。
「御紋」言わずもがな、葵の紋。
「非る」「あらざる」。
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