春望 原民喜
春 望 原 民喜
つれづれに流れる雲は
美しさをまして行く
春陽の野山に
今日は来て遊んだ
山
影こそ薄く
思ひは重し
霞のなかの山なれば
山に隱るる山なれば
梢
ふし見し梢の
優しかる
綠煙りぬ
さゝやかに
[やぶちゃん注:以上は、原民喜が大正一五(一九二六)年一月に発刊した詩の同人雑誌『春鶯囀』創刊号に載る。発行所は東京都東中野の熊平清一(民喜の中学時代からの盟友である武二の兄)で、同人には彼ら兄弟の他、長新太や石橋貞吉(山本健吉の本名)らが参加しているが、同年五月発刊の四号で廃刊となった。
底本は一九七八年青土社刊「定本 原民喜全集 Ⅱ」を用いたが、戦前の作品なので恣意的に正字化した。活字のポイント差はママ。総標題が「春望」で、それが無題の序詞と小題「山」及び「梢」の三連構成になっている一篇である。
なお、「春鶯囀」は固有名詞としては雅楽(唐楽)の曲名にあり(唐の太宗の作或いは唐の高宗が鶯(うぐいす)の声を聞いて白明達なる楽人に命じてその声を真似て作らせたとも伝えられる)、その場合は「しゅんのうでん」と読むが、本雑誌は諸資料では一切、ルビが振られていないので、「しゆんあうてん(しゅんおうてん)」と読んでおく。]