「笈の小文」の旅シンクロニティ―― 紙衣の濡るとも折らん雨の花 芭蕉
本日 2016年 3月 7日
貞享5年 2月 6日
はグレゴリオ暦で
1688年 3月 7日
路草(ろさう)亭
紙衣(かみぎぬ)の濡(ぬ)るとも折らん雨の花
「笈日記」(支考編・元禄八(一六九五)年奥書)より。「笈の小文」には載らない。真蹟懐紙では、
久保倉右近會 雨降
紙子(かみこ)着て濡るとも折らん雨の花
とある。これが初案であろうが、如何にも直線的な説明であって生硬に過ぎる。
「路草」は伊勢神宮外宮の高級神官久保倉盛僚(もりとも)の俳号。新潮日本古典集成「芭蕉句集」の今栄蔵氏の注によれば、彼の屋敷は『外宮北御門に程近い所』にあったとある。「紙衣」と「紙子」は同義で厚手の紙を糊で継いで作った主に旅の防寒着。柿渋を塗って加工してはあるものの、雨には弱い。それが「濡るとも」――濡れるのも厭わず、桜花を手折りに嬉々としてお呼ばれ致しました――と響き合う挨拶句である。山本健吉氏の「芭蕉全句」では本句は「新古今和歌集」の藤原家隆の一首(五三七番歌)、
千五百番歌合に
露時雨(つゆしぐれ)洩(も)る山かげの下紅葉(したもみぢ)濡(ぬ)るとも折らん秋のかたみに
をインスパイア、『紅葉から花に翻し、「春のかたみに」の余情を匂わせている』と評されておられる。