ツルゲーネフ原作米川正夫譯「生きた御遺骸」(「獵人日記」より)(ⅩⅣ)
その日、獵に出かける前に、私は農場附きの小頭とルケリヤの話をした。この男の口から、ルケリヤが村で「生きた御遺骸〔奇蹟的に不朽のまゝで殘る聖者の遺骸、ロシヤ國民の信仰の一對象〕」と呼ばれてゐることを知つた。あんな風でゐながら、一向に迷惑になるやうなこともなく、嘗て不平や愚痴など聞いたことがないとのことであつた。『自分の方から何をしてくれ、かにをしてくれなどと云はないどころか、却つてどんな事をして貰つても有難がつてをります。蟲も殺さぬ人、全くのところ蟲も殺さぬ人と云はんけりやなりません。ありや神樣に打ちのめされた女でがすな。』と小頭は言葉を結んだ。『つまり、それだけの業(ごふ)があつたのでございませうて。しかし、私共はそんなことを詮議立て致しません。だから早い話があの女を惡く云ふなんて事はない、決して決して、あの女を惡くなぞ云ふものですか。あれはあれでいゝんで!』
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