飯田蛇笏 山響集 昭和十五(一九四〇)年 冬
〈昭和十五年・冬〉
氣おごりて日輪をみる冬景色
積雪に月さしわたる年の夜
月の輪の侘びねに光る大晦日
湯ざめして聖(きよ)らの處女書に溺る
[やぶちゃん注:秘やかな艶句とおぼゆ。]
蟲たえて冬高貴なる陽の弱り
小山養雞組合
雞舍(とや)灯り嶽の月さす障子かな
[やぶちゃん注:「小山養雞組合」不詳。]
さるほどに獵衣耐ふべくぬくもりぬ
[やぶちゃん注:「獵衣」「れふい(りょうい)」と音読みしていよう。]
ウクレレをめで流眄(ながしめ)す冬果の紅
冬晴れし夢のうすいろ遠嶺空
[やぶちゃん注:「遠嶺空」「とほねぞら(とおねぞら)」。]
茶の花に空のギヤマン日翳せり
淸流は霜にさゝやき寒の入り
老いるより寒土戀ほしく住ひけり
風邪窶れして美しき尼の君
風邪の子の餅のごとくに頰豊か
冬の星屍室の夜空更けにけり
埠頭冬咽ふがごとく星更けぬ
大膽に銀(ぎん)一片を社會鍋
うす闇にもともきらひな社會鍋
[やぶちゃん注:以降の句などから見て、「もとも」は「最も」で、「きらひな」は「嫌ひな」か。私も社会鍋は何か、かつての傷痍軍人の物貰いのイメージと妙にダブり、しかも軍人見たようなおぞましい服装で金管楽器をぶいぶいいわせて「嫌ひ」である。トンデモ解釈かも知れぬ。]
かるがるとにげあしのびて社會鍋
[やぶちゃん注:「かるがる」の後半は底本では踊り字「〲」。]
社會鍋守る娘にたれも惚れざりき
伊達の娘がみてとほりたる社會鍋
幽棲逍遙
年逝くや山月いでて顏照らす
鶴病みて水べに冴ゆる冬花かな
鶴は病み日あたる巖凍みにけり
昃(ひかげ)れば雪蟲まひて鶴病みぬ
鶴妙(たへ)に凍ててともしき命(いのち)かな
鶴病みて片雲風にさだまらず
病む鶴に人影(ひとかげ)凍てて佇ちにけり
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