和漢三才圖會卷第五十二 蟲部 蜜
蜜
蜂糖 蜜【俗字
和名美知】
本綱蜂蜜【生涼熟温】不冷不燥得中和之氣故十二臟腑之病
罔不宜之但多食蜂采無毒之花釀以小便而成蜜
其功五清熱補中解毒潤燥止痛
石蜜 生巖石色白如膏最爲良
木蜜 懸樹枝作之者色青白
土蜜 在土中作之者亦色青白味醶
人家及樹空作者亦白而濃厚味美
北方地燥多在土中南方地濕多在木中凡新蜜稀而黃
陳蜜白而沙也煉蜜以噐盛置重湯中煮掠去浮沫候滴
水不散取用一斤只得十二兩【△加水四十錢煉之去沫得百二十五錢】
以水牛乳沙糖作蜜僞之凡試蜜以燒紅火筯插入提出
起氣是眞起煙是僞。
△按蜂蜜出於紀州熊野者最佳藝州之産次之今多用
沙糖蜜僞之沙糖與膠飴相和作之眞蜜黃白僞蜜色
黒易乾
用蜜煉藥者其藥末與蜜宜等分
用蜜丸藥者蜜内滅二分半加水二分半共爲等分不然
則難乾【假令藥末百目蜜七十五錢水二十五錢爲準】
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みつ
蜜
蜂糖 蜜【俗字。和名、美知〔(みち)〕】
「本綱」、蜂蜜【生は涼、熟は温】、冷ならず、燥〔(そう)〕ならず、中和の氣を得、故に十二臟腑の病ひ、之に宜(よろ)しからざると云ふこと罔〔(な)〕し。但し、多く食ふべからず。蜂、無毒の花を采りて、釀〔(かも)〕するに小便を以つて蜜を成す。其の功、五つ、熱を清〔(せい)〕し、中〔(ちゆう)〕を補ひ、毒を解〔(け)〕し、燥を潤〔(うる)〕ほし、痛みを止〔(と)〕む。
石蜜は 巖石に生ず。色、白くして膏のごとし。最も良と爲す。
木蜜は 樹の枝に懸けて之を作るは、色、青白。
土蜜は 土の中に在りて之を作るは亦、色、青白。味、醶(えぐ)し。
人家及び樹の空(うとろ)に作るは亦、白くして濃厚、味、美なり。
北方は、地、燥(かは)く。多くは土の中に在り。南方は、地、濕(しめ)る。多くは木の中に在り。凡そ新蜜は稀にして、黃なり。陳蜜は白くして沙〔(しや)〕なり。蜜を煉〔(ね)〕るに、噐を以て盛つて、重湯の中に置きて煮〔(に)〕、浮きたる沫〔(あは)〕を掠去〔(かすめさ)〕つて、水、滴〔るも〕、散らざるを候〔(うかが)〕い、一斤を取り用ゐて、只だ、十二兩を得〔るのみ〕。【△水四十錢を加へて之を煉り、沫を去つて百二十五錢を得。】
水牛の乳・沙糖を以つて蜜に作り、之に僞(にせ)る。凡そ、蜜を試みるに、燒紅〔(しやうこう)〕(せる)火筯〔(ひばし)〕を以て插入〔(さしいれ)〕、提げ出〔ださば〕、氣を起す、是れ、眞なり。煙を起すは、是れ、僞なり。
△按ずるに、蜂蜜、紀州・熊野より出ずる者、最佳なり。藝州の産、之に次ぐ。今、多く、沙糖蜜を用ひて、之を僞る。沙糖と膠飴(ちやうせん〔あめ〕)と、相ひ和して之を作る。眞蜜、黃白たり。僞蜜は色、黒くして乾き易し。
蜜を用ひて藥を煉るは、其の藥末と蜜と、宜しく等分にすべし。
蜜を用ひて藥を丸(まろ)めるは、蜜の内、二分半を滅して、水、二分半を加へて、共に等分に爲す。然らざれば、則ち、乾き難し。【假令(たとへば)、藥末百目、蜜七十五錢、水二十五錢、準と爲〔(す)〕。】
[やぶちゃん注:例えばここで「生は涼、熟は温」とあるように、本文中に頻繁に現われる漢方の四気五味(四性ともいう対象物の薬性を示す四つの性質「寒・熱・温・涼、及び平」と、味やその効能に基づく五つの性質「酸味・苦味・甘味・辛味・鹹味(かんみ=しおからい味)、及び淡味」)の意味については、例えば以下の鍼灸院のサイトの解説等を参照されたい。これについては向後、一切注を加えない。なお、「熟」は「生」に対する「煮熟〔(しやじゆく)〕す」ること、煮て熱を加え、しっかり煮詰める謂いである。
・「和名、美知〔(みち)〕」とするが、古語辞典を見る限りでは「みち」は「みつ」の転訛である。
・「冷ならず」「冷」と「温」の中庸、中和状態。
・「燥ならず」「燥」と「湿」の中庸、中和状態。
・「十二臟腑」漢方で言うところの「心」「肺」「肝」「膻中(だんちゅう)」「脾」「胃」「大腸」・「小腸」「腎」「三焦」「膀胱」。
・「多く食ふべからず」ウィキの「蜂蜜」によれば、現代の医学的知見では、ボツリヌス菌及び有毒の蜜源植物による危険性が指摘されてあるので、以下に引いておく(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)。『蜂蜜の中には芽胞を形成し活動を休止したボツリヌス菌が含まれている場合がある。通常は摂取してもそのまま体外に排出されるが、乳児が摂取すると(芽胞の発芽を妨げる腸内細菌叢が備わっていないため)体内で発芽して毒素を出し、中毒症状(乳児ボツリヌス症)を引き起こし、場合により死亡することがあるため、注意を要する。芽胞は高温高圧による滅菌処理(摂氏百二十度で四分以上)の加熱で不活性化されるが、蜂蜜においては酵素が変質するのでこの処理は不向きである。日本では一九八七年(昭和六二年)に厚生省が「一歳未満の乳児には与えてはならない」旨の通達を出している。同省の調査によると、およそ五%の蜂蜜からボツリヌス菌の芽胞が発見された』。『なお、ボツリヌスによる健康被害を防止するため、日本国内の商品には「一歳未満の乳児には与えないようにしてください」との注意書きがラベリングされている』。『専門の蜂蜜採集業者によるハチミツでの中毒報告例は極めて希であるが、自然蜂蜜(天然ハチミツ)では蜜源植物として意図しない有毒植物からの蜜が混入している事があり食中毒事例が報告されている。例えばトリカブト、レンゲツツジ、ホツツジの花粉や蜜は有毒である。ツツジ科植物の有毒性は古くから知られ、紀元前四世紀のギリシャの軍人・著述家のクセノフォンは兵士たちがツツジ属植物やハナヒリノキの蜜に由来する蜂蜜を食べ』、『中毒症状を起こした様子を記録している。古代ローマ時代にもグナエウス・ポンペイウス率いる軍勢が敵の策略にはまり、ツツジに由来する蜂蜜を食べて中毒症状を起こしたところを襲われ』、『兵士が殺害されたという話がある』。
・「中」東洋文庫版では『(脾胃)』とある。上記の臓腑ではしばしば「脾」と「胃」が一緒になっており、それで漢方に於ける消化吸収に関わる人体機能の全般を総称する。
・「空(うとろ)」「うとろ」はママ。姫路市林田町上伊勢にある室町時代の山砦「空木城」跡の「空木」は「うとろぎ」と読む。木の空(うつ)ろ、空洞、洞(ほら)になった部分。
・「陳蜜」「陳」は古くなっている状態、古くて劣化・悪化した状態を指す。古くなった蜜。
・「沙〔(しや)〕なり」粘体ではなく、結晶が不揃いに出来て、砂粒のようにざらざらしていること。舌触りが、であろう。
・「候〔(うかが)〕い」「い」はママ。違った読みの可能性もあるか。
・「一斤」六百グラム。一斤は十六両。
・「十二兩」四百五十グラム。
・「四十錢」一銭は本書執筆当時は約三・七五グラム(弱か)と思われるから、約百五十グラム。
・「百二十五錢」約四百六十八グラム。
・「燒紅〔(せる)〕火筯〔(ひばし)〕」真っ赤に焼けた鉄製の火箸。
・「氣」白い蒸気。
・「煙」焦げ臭い煙。牛乳が主成分の一つなら動物性脂肪と蛋白質だから納得は出来る。
「蜂蜜、紀州・熊野より出ずる者、最佳なり」「安全な食べものネットワーク オルター」の「小谷蜂蜜 幻の日本ミツバチの蜂蜜」に『日本ミツバチの蜂蜜(和蜜)は、古来より民間薬として珍重されてきました』。『この蜂蜜が珍重されてきた理由のもう一つは、洋蜜と比べて格段においしいということです。日本ミツバチは日本の在来の野性種で、北海道以外の全国で生息が確認されています。その伝統的養蜂は、大木をくり抜き、天井をふさいだ円筒形の巣箱(ゴウラ)で飼うもので、西日本では和歌山県の熊野、奈良県の十津川、四国、長崎県対馬などの山間部で農林業の片手間に行われてきたものです。江戸時代には和歌山、熊野の蜂蜜は「大閣蜜」のブランドで熊野詣の人々に親しまれていました』とある(下線やぶちゃん。現在の困難な状況などを含め、リンク先の引用部の続きは、必ず読まれたい)。
・「藝州の産、之に次ぐ」前にも引いた「日本養蜂協会」公式サイト内の「日本の養蜂の歴史」に、『動植物の分類に大きく貢献した小野蘭山が著した「本草綱目啓蒙」は』、文化二(一八〇五)年に出版され(本書刊行の九十三年後)、『ハチミツの産地として芸州広島の山代、石州、筑前、土州、薩州、豊後、丹波、丹後、但州、雲州、勢州、尾州を上げています。しかし、販売されるときには、すべて“熊野蜜”として売られており、当時、熊野がハチミツの最大の産地としてブランド化されていたことがうかがえます』とある。
・「膠飴(ちやうせん〔あめ〕)」当て読み。音は「コウイ」で、これは米(特に糯米(もちごめ)が適するとされる)・小麦・粟などの粉に麦芽を混ぜて糖化させ、それを煮詰めた水飴状のもので、ちゃんとした漢方の生薬で、滋養強壮・健胃・鎮痛・鎮咳作用がある。
・「百目」三百六十五グラム。
・「七十五錢」約二百八十一グラム。
・「二十五錢」約九十三グラム。]